そのチャペルでは今、結婚式が執り行われている。大勢のゲストの祝福を受けながら、1組のカップルが夫婦になる為の儀式が、厳かに進行していた。


「この婚姻に意義のある者は、すみやかに申し出られよ。」


牧師のこの言葉は、キリスト教式独特のものだ。戸籍制度のない欧米では、結婚しようとしている2人が既婚者でないか、彼らをよく知る人々からの証言が必要だったからと言われている。


つまりこの言葉は重婚を防ぐ為の言葉であり、それ以外の理由、例えば俺の方が新婦にふさわしいとか、私を捨てて、その子と結婚するなんて納得できないなんて理由で待ったを掛けるような、ドラマのような状況はあり得ないし、成立しない。


だから、実際に意義を唱えても意味はないし、式を妨害したという理由でつまみ出されるか、下手をすれば賠償請求されるかもしれない。第一、この言葉が牧師から発せられない場合も、日本では多い。


だからこの日の式も、当然に牧師の言葉に応じる者はなく、そのまま式が進行していく・・・はずだった。


当然、異議の声など上がるとは思っていない牧師が、次の言葉を発しようとした時だ。


「はい!」


手を挙げて、大きな声を上げた少年、いや幼稚園の園服を着た男児が、トコトコと祭壇に向かって近付いて来た。唖然として見つめる大人たちの視線をものともせず、新婦に駆け寄った男児は


「ボクはセンセイのことが大好きです。だから結婚はボクとして下さい。」


「ちょ、ちょっと何言ってるの。」


男の子の母親とおぼしき女性が、慌てて連れ戻そうと追い掛けて来たが、その子が近付いて来た時は、困惑の色を隠せなかった新婦が


「お母さん。」


彼の言葉を聞くと、穏やかな笑顔を浮かべて、そして静かに首を振って、母親を制した。


「マーくん。」


新婦はいつものようにしゃがみ、彼と同じ視線になって呼び掛けた。


「センセイは結婚しちゃうともう幼稚園に来ないんでしょ?ボクともう会えないんでしょ?ボク、そんなのヤダよ。だから、ボクと結婚しよう。」


必死に訴えかける男の子に、新婦は優しく微笑んだ。


「ありがとうね、先生のことを好きだって言ってくれて。先生もマ-くんのこと、好きだよ。でもね、先生はこの人のことも、大好きなんだ。」


「ボクよりも?」


「そう・・・ごめんなさいね。」


新婦は本当に申し訳なさそうに、彼を見た。