戻って来た天地くんは、また私の目の前で立ち止まった。
目の前と言っても、お互いに手を伸ばしても届かない距離だけど。
「なぁ、天地じゃなくて琥珀って呼べよ」
「えっ?」
そのお願いは唐突で、頭の整理が追いつかない。
こ、こはく……?
琥珀っていうのは、天地くんの下の名前。
同じクラスになってから……と言ってもまだ数ヶ月しか経っていないけれど、天地くんのことを“琥珀”と呼んでいる人を見たことがない。
「これから瑠莉って呼ぶから。あ、俺がここにいることは誰にも言うなよ。じゃあな」
「私の、名前……」
知ってたんだ。
私が返事をする前に、天地くんは図書室から出て行ってしまった。
どうしよう……すごく胸がドキドキして苦しい。
男性恐怖症を発症している時とは違う苦しさ。
呼吸は整ってる。
息も吸える。
体も震えていない。
ただただ、胸の鼓動がしばらく治まらなかった。