包丁はさっき落としてしまった。


身を守るものはなにも持っていない。


さっきまで蚊の鳴くような声で助けを求めていた母親も、もう静かになってしまった。


それなら、僕ももういいかな。


ヒトミが僕の上に馬乗りになり、口の端からよだれを垂らす。


そもそも、ヒトミが死んでしまったのは僕のせいだ。


僕は無理やりボートに乗ったりなんかしたからだった。


僕が死ねばよかったんだ。


そう思うと急激に恐怖心は消えていった。


化け物と化したヒトミを前に、僕は静かに目を閉じる。


すべての覚悟が整った。


ヒトミが僕の首筋を狙っているのがわかる。


ヒトミの冷たい体温を身近に感じる。