「─────かおる、くん」
まるで久しぶりに口にしたみたいに、上手く口が回らなくて、ぷるぷると唇が震える。
「なんで、まだ待ってんだよ…」
「…」
「寒いだろ、」
コツコツと靴音を鳴らしてあたしの前にやってきた薫くんがしゃがんで同じ目線になる。
ぎゅっと強く握り締めていた両手に薫くんの手が触れて、お互いの指先の冷たさに薫くんの優しさを感じた。
多分、バイト終わりに連絡に気づいた薫くんは急いで、走って、やって来てくれたんだろう。
指先は冷たいのに上気した頬と僅かに乱れた呼吸がそれを教えてくれた。
もう、それだけでいいとさえ思う。
薫くんがあたしの為に走って会いに来てくれた。
なんだかそれだけで胸がいっぱいだった。
「薫くん…あたし薫くんに言いたいことがある」
「…うん」
「ちゃんと、聞いて欲しくて…それで、会いにきたの」
「柑奈」
「っ」
名前を呼んだだけでこんなにも心を揺さぶれるのは薫くんだけだ。
「柑奈、話聞く。だからとりあえず中に入ろう」
あたしの息も薫くんの息も白くて、薫くんがかじかんだあたしの手を取って立ち上がらせる。
玄関のドアの向こうは嫌な思い出も幸せな思い出もある、薫くんの部屋だ。



