柑奈がいなくなった教室で本を捲る趣里は一つの足音に気づき顔を上げた。
「お疲れ様」
「…おう。つーか趣里も残ってたのか」
「柑奈の背中押してあげようと思って」
「そっか」
趣里の前の席の椅子を引いて後ろ向きに座る陸斗は一度唇を噛み締めてから、作ったような笑みを浮かべた。
「振られた」
「…そう」
「ま、わかってたけど、悔しいけど、柑奈が選んだ答えならもう仕方ねぇよな」
「一番大事なのは柑奈の心だからね。柑奈が薫先輩を選ぶならもう諦めるしかないじゃない」
「…そうだよなあ…あー、でもやっぱ俺の方がって気持ちもあるんだよなあ」
「…」
「でも趣里の言う通り大切なのは柑奈の気持ちだし、俺の方がって思うけど、あの人の話する柑奈って幸せそうだったし、これからは柑奈の恋を応援してるって言った」
「…そうね」
陸斗の言葉に長いまつ毛を揺らし目を伏せた趣里は、「恋をして、そして賢くあることは不可能だ。か」と呟く。
「なに?何か言った?」
囁くような小さな声に聞き返した陸斗に首を振った趣里は「陸斗は頑張ったよ」と微笑んだ。
「伝える気はなかったけど、思い切ってよかったと思ってる。好きだって言ったことは後悔してねぇし、自分でも頑張ったって思ってる」
「うん。えらいね」
「……帰るか」
陸斗の言葉に頷いた趣里が分厚い本を閉じてカバンに仕舞う。
「重くねぇの?」
「べつに」
「持ってやろっか」
「結構」
「へいよ、」
スタスタと歩き始めた趣里を追うように陸斗も教室を後にした。