冷え切った皮膚でも抱いといて

　神崎、神崎、と駆け寄りたくても体が動かず、情けなく泣き喚くことしかできないでいる俺を、誰かが優しく抱擁した。唐突に降り注いだ安心感を覚えるその熱に、柔く、甘く、溶かされていく心。夢のようだった。実際に夢だった。夢のまた夢だった。トラックにぶつけられたはずの神崎が、俺を胸に抱いているなんて。

　嗚咽を漏らしながら、何がどうなっているのか分からないまま、それでも、神崎に抱き締められていることが嬉しくて。俺は、決して冷たくはない、寧ろ温かい彼の背中に腕を回し、離れないように、離されないように、思い切りしがみついた。秋月。俺の髪を撫でる神崎の声が、とても近くにいるはずなのに、どこか遠くの方で聞こえる。秋月。もう一度、俺を呼ぶ声。秋月。まだ、続く言葉がない。秋月。何度も繰り返す神崎に答えようと口を開いたところで、また、声が出ないことに気づいた。神崎と言いたいのに、言えない。応えたいのに、応えられない。

　秋月と呼ばれる度、まるで催眠術にでもかかってしまったかのように、徐々に意識が混濁していった。目の前の景色がぐにゃりと歪んでいく。見えている世界に、神崎の漆黒のような綺麗な髪色よりも深い黒が多くなる。秋月。呼ばれても、応えられない。体の力が抜けていく。夢から覚めてしまうのかもしれない。漠然と、そう思った。途端、瞼が落ち、秋月、その後に神崎が何かを言ったような気がしたが、何も聞き取れないまま、俺の意識は現実へと引き戻された。