ただ、心を無にしたかった。

 何も考えず、目の前のことだけを考え、作り笑顔で毎日をやり過ごす。

 ちょっとでも気を抜けば、私の中の何かが顔を覗かせる。お弁当屋を切り盛りしていた叔父さんと伯母さんのお店の忙しさが私には救いだった。


 誰もが毎日忙しい東京。

 毎日、毎日、必死!それで、イイ。

 一日も一年もあっという間にすぎていく。何だかそんな時間の流れに私はホッとするくらいだ。


 お店のレジに、入るようになると、常連客にも少しずつ顔を覚えてもらい、声をかけてもらえるようになってきた。


 『月ちゃんの笑顔を見ると、唐揚げが100倍美味しくなるよ』なんて


 『月ちゃんの笑顔はイイネー』と

 “…え、が、お”

 最近良く笑顔を褒められる。


 私の笑顔?笑顔してたの?出来てたの?てっきり作り笑顔だと思ってた。


 人から見たら笑顔出来てるんだ。


 ここに来て、何年たった。何も考えたくなくて、カレンダーさえ意識していなかった。


 お店のちょっと油シミのついた、壁掛けカレンダーを見てみれば、5年かぁ…。


 知らない間にあれから5年過ぎてたのか。


 暑い夏がやってきた、カレンダーなんて意識しなければ良かった…


 忘れられたと思っていたのに、さっきまで忘れていたのに、ただそう思っていただけかも。

 溜息を静かに吐き出し、お客様の注文を調理場にオーダー。


 『俺にも、笑顔見せてよ』


 ちょっとしたこんなやり取り、私はずっと忘れていた。


 だって、なんだこの人って思うでしょ。


 初めての出会いなんてね。


 全然覚えてません。


 ーーー 

 「月はロングも似合うけど、いつかショートもさせてみたい、まぁ俺が最高に可愛くしてやるけどな」