隣に立った時枝くんに視線を向けると、真剣な表情で私を見つめている。

真面目な話を彼がするつもりなのだと気づき、時枝くんの方へと向き直った。

「これから先、誰かの言葉が信じられなくなったり、消えたいってなるときもあっても、宮里のことを大事に思っている人がいることを忘れないでいてほしい」

暗闇の中を歩いているような中で、私の足元を照らしてくれたのは間違いなく時枝くんだった。

私を忘れたくないと言ってくれたこと、忘れないために努力してくれたこと、今も傍にいてくれること。感謝してもし足りない。

私はひとりぼっちじゃない。こうして寄り添ってくれる時枝くんや、未羽がいる。


「え、ごめん! 俺なんか変なこと言った?」

目に涙の膜ができて、瞬きをするとぽろりと流れ落ちた。


「違うの。……嬉しくて」

服の袖で涙を軽く拭って、笑顔で「ありがとう」と伝えると、時枝くんは安堵したように頬を緩める。

雲の流れによって日差しの位置が変わった。光が差し込んだ彼の瞳は吸い込まれそうで、私は言葉を失ってしまう。

黒だと思っていた瞳の色は、光が当たると鳶色に見えた。

「そんなに見つけられると照れるんだけど」

冗談まじりに笑われて、私は慌てて視線を逸らす。

「ご、ごめん」
「うそうそ。思う存分見て」

からかわれているのはわかったけれど、あまりにも恥ずかしがると意識していることがバレてしまいそうなため、再び時枝くんを見てみる。

すると、桜の花びらが私と時枝くんの間に待っていく。

それを目で追いながら、ゆっくりと視線を上げると、時枝くんと視線が交わった。

飛び跳ねるみたいに、心臓が鳴る。


「好き」
「え?」

思ったことが出てしまったのかと咄嗟に口元を押さえた。

目の前の時枝くんは、勢いよくしゃがみ込んで両手で顔を覆っている。


「あー……待って、今のなし! もう一回ちゃんと言わせて」
「え、あの」
「本当は帰り際に言う予定で、ごめん。今言われたって気まずいよな」

身体中に心音が鳴り響いているのが聞こえて、頬がじわじわと熱くなってくる。

今言ったのは、私ではない?
それなら……私にとって都合のいい解釈をしてもいいの?


「な、泣くほど嫌だった!?」

時枝くんがすぐに立ち上がるとあたふたとしながら、ポケットから取り出したティッシュを差し出してくれる。

どんどん溢れ出てくる涙で視界が滲んで、時枝くんの顔をちゃんと見ることができない。嗚咽を漏らしながら、私は何度も首を横に振る。


「……泣くほど、嬉しい」

たった一言の〝好き〟という感情が嬉しくてたまらない。


「それ、都合よく受け取ってもいいの?」

時枝くんの言葉に頷きかけたけれど、私はまだ大事なことを口にしていない。もらった言葉を私も想いを込めて返さないと。

ティッシュで涙を拭って、震える呼吸を整えるように息を吐く。


「ずっと前から、時枝くんのことが好きです」


手を伸ばすと、時枝くんの指先がほんの少し触れる。

すると時枝くんの手が私の手を包むようにして重ねられた。


窓の向こう側から、木々が風に揺れる音がして、ぽつぽつと雨が降る音がする。


太陽が出ているけれど、一時的に雨がふっているみたいだ。


淡く色づいた桜の木には、光のような天気雨が優しく降り注いでいた。