刺すような視線を浴びながら、私は時枝くんと一緒に教室にたどり着いた。

直接なにかを言ってくる人はいないけれど、明らかに私のことを言っている声が聞こえてくる。


私は俯きたくなるのを堪えて、どのタイミングで話しかけるかと考えていた。

朝のホームルームで、一限目の英語が先生の体調不良で自習だと言われると、教室中が一気に騒がしくなる。


真衣も嬉しそうな声をあげているけれど、話している相手は由絵ではなく、近くの席の男子だった。私に関する記憶が消えていたときに由絵と仲違いしたことは継続しているみたいだ。


ホームルームが終わると、英里奈は先日からよく一緒にいる子と話していて、一方由絵はひとりでスマホをいじっている。
他クラスの友達に呼ばれてドアの前で喋っていた真衣が、私の方を向いて睨みつけてきた。


もしかしたら私の話をしているのかもしれない。
恐怖に身が縮みそうになってしまう。

この場から逃げ出したい。消えてしまいたい。そんな感情が綺麗さっぱりなくなったわけではない。だけど、このまま口を噤んで後悔するのだけは嫌だ。


席を立ち、前方に向かって歩き始める。私の一挙一動をクラスメイトたちが注目し、針のむしろ状態だ。


立ち止まった私を、ドアの近くに立っている真衣が訝しげに見てきた。けれど私は視線を真衣ではなく、教卓側に向ける。



「英里奈、話があるんだけど。ちょっといい?」

私の言葉に英里奈が迷惑そうに眉を寄せた。


「なに? 今言ってくれない?」
「アカウントの件、この場で話していいの?」
「は?」

そして彼女にだけ聞こえるように声を潜める。


「みんなに聞かれたら困るのは英里奈だと思う」

強気な態度だった英里奈の視線が僅かに泳ぐ。そしてすぐに私を睨むと席を立った。

英里奈とともに廊下へ出て行こうとすると、真衣と目が合う。先ほどのような敵意は向けられず、状況が飲み込めていない様子で立ち尽くしていた。


廊下の端までやって来て、社会科資料室へと入る。ドアを閉めると、英里奈が腕を組んで「で?」と話を促してきた。

彼女を目の前にすると、言葉を発することに躊躇いが生まれる。


『紗弥のいい子ぶってるところが嫌だった』
『紗弥といると苛々すること多かった』

英里奈が言ったことを思い出して、きつく目を閉じた。
初めて面と向かって嫌悪を露わにされて、あのときはほとんどなにも言えなかった。


だけど悪意を持って英里奈がやったことを、私は黙って許すことはできない。


「あの〝S〟ってアカウント、投稿してるのって英里奈?」
「なにそれ、証拠あるわけ?」
「それは、」
「証拠もないくせに、そうやって決めつけるんだ?」

本当はちゃんと本人の口から聞きたかった。たとえ電話番号の末尾を調べる方法がなかったとしても、英里奈が私をよく思っていなかったことはわかっている。


いつからなのかはわからない。気がつかないうちに私が傷つけていたのかもしれない。英里奈の気持ちを知るために、私は本気で話し合いをしたかった。

「人のせいにしないでよ。紗弥さ、あんなこと書いていろんな人のこと傷つけて恥ずかしくないの?」

だけど今の彼女を見る限り、話し合いなんてできそうもない。

なにを言っても、英里奈の中で私は敵だ。


「裏アカウントなんて、私は作ってないよ!」
「必死になる方が怪しいんだけど。てか今更誰も紗弥のことなんて信じてくれないから」

未羽や時枝くん以外の人は、信じてくれないかもしれない。それでも、このままなりすましの好きになんてさせたくない。


「あのアプリって電話番号の登録が必須なんだよ」
「は? だからなに?」

苛立ちを含んだ英里奈の眼差しに怯みそうになる。私は声が震えないように慎重に言葉を口にする。

「パスワードの再設定で検索したら電話番号の末尾二桁がわかるの。そしたら英里奈の番号と一致してた」
「っ、それだけで私だって疑ってんの? マジで最低!」

口調を荒げながら英里奈は私の肩を押した。


「……だけどあのアカウントは、私をよく知っている身近な人なのは間違いなくて」
「だから、なんでそれだけで私だって決めつけるわけ。そんなの証拠にならないじゃん!」
「でも私じゃないって証拠にはなるよ。番号も違っているし、家族のとも一致していないから」


これで私の疑いは晴れるはずだと主張すると、英里奈が薄ら笑いを浮かべた。