「あの見た目と中身で、一途って最高すぎない?」
うっとりとしながら話す真衣は、一条くんに好きな人がいると知っていても夏から片思いをしている。

一条くんと時枝くんは私たちとはだいぶ離れた席に座り、由絵が席を向こうにすればよかったと残念がる。

私は近くだと時枝くんを意識してしまって、食べ物が喉を通らなさそうなので遠くてよかったと内心ほっとした。


「夏休みに花火やったとき、ほんっとかっこよかったな〜」
「真衣がジャンケンで負けてひとりで買い出し行くとき、来てくれたんだっけ?」

前に真衣が興奮気味に話してきたことを思い出しながら聞くと、真衣が「そうそう!」と目を輝かせた。


「女の子ひとりだと危ないからって、言ってついてきてくれたの!」

去年の夏休みに真衣は他クラスの友達に呼ばれて、急遽花火をすることになったらしい。集まったメンバーの中に、一条くんがいたそうだ。

飲み物がほしいと誰かが言い出して、買い出しジャンケンをして真衣が負けた。そしたらすぐに一条くんが追ってきてくれたらしい。


「話もおもしろいし、荷物も持ってくれるし、買い出しに来たんだから寄り道して内緒でアイス食べちゃおとか言って〜! もー、かわいすぎ!」

由絵と英里奈が、まるで自分が体験したみたいに照れながらきゃーと騒ぐ。

一条くんは女子たちの中ではアイドルみたいな存在で、憧れている女子が多い。上級生の女子からも時々呼び出しを受けているほどらしい。


「一条くんって裏表のない感じで優しいし、あれはモテるよね〜! 彼女になったらめちゃくちゃ大事にしてくれそう〜!」
「真衣なら告白したらいけるんじゃないかな? だって買い出しついてきてくれたり、優しくしてくれるんでしょ」

英里奈がにやにやとしながら言うと、真衣は首を横に振る。


「みんなに優しいから、私が特別なわけじゃないんだよね〜。一条くんって思わせぶり上手だから。私は振られた女子みたいに気まずくなりたくないし〜」

告白して振られるくらいなら、友達のままでいたい。真衣のその気持ちは、私にもわかる。

「私の元彼も一条くんみたいな人だったらよかったのにー!」
「由絵、まだあの人引きずってるんだ?」

別れた元彼を引きずっている由絵に、真衣が呆れたように笑う。
相手は大学生で、去年の十月に浮気されていたことが発覚した。由絵は別れを決意したものの、ひと月後に一度よりを戻した。けれど結局うまくいかずに、すぐに別れることになってしまったのだ。

「まだとか言わないでよー。私まだ傷心なんだから」

親子丼を食べていた手を止める。今にも泣きそうな由絵にポケットティッシュを差し出すと、「紗弥〜」と目を潤ませながら抱きついてきた。

「早く次の恋したいよー。もうひとりのクリスマスやだ」
「まだ年明けたばかりだし、次のクリスマスまで時間あるよ!」

元気出してと由絵を励ましていると、なにかを思い出したように英里奈が声をあげる。


「そうだ。一条くんといえばさ、時枝くんと同じ中学らしいよ」

〝時枝くん〟という名前が出てきて、どきりとした。

動揺を悟られないように私は英里奈と真衣の話に耳を澄ませる。


「だからあのふたりってクラス違うのに仲いいんだってさ」
「へぇ〜、そうだったんだ。時枝くんって、かっこいいけど……なんかねぇ」

真衣の言葉の意味がわからず、「なんか?」と聞き返してしまう。

「とっつきにくいじゃん? 普段からあんまり喋らないってのもあるけど、話しかけるなオーラがあるっていうか。私みたいなタイプ嫌ってそう」

確かに話しかけにくい雰囲気があるけれど、実際話してみるとよく笑う。

それに今日だって、授業中に居眠りをしそうになっていたので、シャーペンの蓋の部分でつついてみると、慌てて飛び起きていた。

大きな反応をしてしまったことが恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤にしていてかわいかった。思い出すだけで口元が緩んでしまう。


「私ちょっと苦手なんだよね〜」

真衣にとっては何気ない発言だったのかもしれない。

けれど、心の奥の方にざらついた感情が押し寄せてくる。

真衣の気持ちと、私の気持ちが別物なのは当たり前なことだ。
だけど、妙な不快感と悲しさが入り混じって、感情が溢れないように硬い小石のようなものをゴクリと飲み込んだ。

けれどそれは、喉元に引っかかったまま落ちてくれない。


「わかる〜! 話しかけても大抵興味なさそうな反応してきて素っ気ないし」

由絵がテーブルに頬杖をつきながら、片方の口角をつり上げる。


「ああいうタイプって、付き合っても退屈しそうじゃない?」

英里奈も真衣も「だよね」と頷く。私はなにも反応を示せなかった。

四人のこの空間で、私の居場所だけが急に狭くなったような感覚になる。

だからって私の気持ちが変わるわけでもない。

周りに知られたら時枝くんと接しにくくなるかもしれないと黙っていたけれど、別の意味で言い出しにくくなった。


「付き合うならやっぱ一条くん方がよくない? 明るくて楽しいし」


みんなの笑い声が響く中、私はぎこちなく笑うことしかできなかった。