寝癖も笑った顔も、私にとっては全部かわいい。普段は大人っぽくて物静かな時枝くんの意外な一面を見ることができた気がする。

だけど言葉にはできず、笑いながら頷く。


「そこだけ方向が他と違うなって思って」
「うわー……ちゃんと直してくればよかった」
「でもよく見なければ、多分わからないよ」
「じゃ、他のやつには秘密で」

人差し指を立てる時枝くんの仕草に釘付けになりながら、私は頭を縦に振った。

「てか、宮里がおすすめしてくれた映画がおもしろすぎたから夜更かししちゃってさ。寝不足だから、今日三重になってる。ほら」

前髪を持ち上げて、目元を見せられる。普段は髪で見えにくいため、わかりにくいけれど、目尻が下がっていて黒目が大きい。

そして瞼には線が二本入っていて、いつもよりも眠たげだ。あまりにも近い距離感に顔から耳にかけて熱を帯びる。

こんな想いを抱いているのは私だけ。時枝くんに気づかれてこの関係が崩れてしまわないようにできるだけ平然を装った。


「本当だ。昨日、何時に寝たの?」
「んー、三時くらい」
「三時!?それは寝不足になるね」

時枝くんは比較的早く登校してくるので、四時間くらいしか寝ていないのかもしれない。

「だから、授業中当てられそうだったら起こして」
「寝る前提?」

笑いながら返すと、時枝くんが前髪をくしゃりと掻(か)いて苦笑する。


「できるだけ頑張って起きてる」

成績もよくて真面目な時枝くんが授業中に居眠りはしない気がするけれど、冗談まじりに「寝てそうだったら起こすね」と約束をした。

席が前後になってから、私たちは特によく話すようになり、時枝くんと打ち解けてきた気がする。高校に入学してもうすぐ一年。私は今が一番楽しい。

「紗弥〜! おはよ!」
名前を呼ばれてすぐに振り向く。教室の後ろのドアから派手な雰囲気の女子がこちらに向かって歩いてくる。


「おはよう、真衣」

小坂真衣はいつも一緒にいるグループのひとりだ。
セミロングの茶髪を緩く巻いていて、大きめのカーディガンをよく着ている。そして短く折られたスカートは、裾からほとんど見えない。

「真衣、今日は早いね」

真衣は朝が弱くていつも予鈴ギリギリか遅刻することが多い。げんなりとした表情で、真衣は大きなため息を吐く。

「だって生活指導の北岡に、次遅刻したら中庭の草むしりしろって言われて。ありえなくない? こんな寒い時期に草むしりだよ!」

そういえば金曜日の放課後に真衣は呼び出されていた。先に帰ったため内容は聞いていなかったけれど、どうやら遅刻の件だったみたいだ。

「早起きしすぎてねむーい」

真衣が嘆きながら私の肩にもたれかかってくる。

「こんなの続けるのキツすぎなんですけど〜。紗弥いつも早く来てるのすごすぎ」
「真衣は遅くまでスマホいじってるから眠いんだよ」
「だってー、日付変わると眠気飛ぶんだよね〜」

SNSを深夜に更新していることが多い真衣は、毎日のように夜更かしをしているみたいだ。

時枝くんは呆れて苦笑する。

「卒業までに何度草むしりすることになるんだろうな」
「絶対しないし!」

真衣がムキになって言い返すと、私は思わず笑ってしまう。
外見も言動も目立つ真衣と私はタイプが正反対だけど、一学期に校外学習で同じグループになったことがきっかけで仲良くなった。

真衣は意見がはっきりしていて、クラスのムードメーカーのような存在だ。

「真衣、紗弥〜! おはよー!」

焦げ茶色の髪を低い位置でゆるく結んでいる落合由絵と、肩にかかるくらいの黒髪の山崎英里奈が集まってきた。

二学期からこうして四人でいることが、決まりごとのようになっている。


「え! てか、真衣がこの時間から学校にいるなんて! だって予鈴まだだよね」

由絵が意外そうに言うと、真衣が口を尖らせる。


「私だってたまには早く来れるし!」

先ほどの会話を聞いていた男子が「来週には絶対草むしりしてるだろー」とからかうように言うと、周囲で再び笑いが起こった。

目の前の席には好きな人がいて、仲の良い友達もいる。
私にとって、とても居心地のいい環境だった。