「わぁ、お城だぁ……!」

鮮やかな緑が青空に映える広大な庭園。
澄んだ湖畔にそびえ立つ白亜の宮殿。
フランスの首都であるパリから少し離れた長閑な地に、その城は佇んでいた。
……なんてナレーションをしたくなるような景色が今、私の目の前に広がっている。

「すっごく綺麗なところですね! あっ、先輩見てください! 噴水もある!」

「ったく朝から元気だなぁ、礼は」

「こんな素敵な景色を見たらテンションだって上がりますよ!」

「普段は結婚式とかに使われている古城らしいぜ? 海外ロケで、しかもこんなところを貸切るなんて、金がかかってるよなぁ」

眩しそうに目を細めた先輩を見て、私ももう一度じっくりとお城を眺めた。

夏休みも半ばに差し掛かった8月上旬。
私と七海先輩は、なんとフランスの地に降り立っていた。
それというのも新人アーティスト――芹沢響さんのミュージックビデオ撮影にスタッフとして参加をするためだ。
先輩がキャストである葉山美亜さんのヘアメイク担当に抜擢されたため、私も彼のアシスタントととして同行させてもらっているのだ。

ミュージックビデオの内容はというと、芹沢さん扮する庭師の見習いと、葉山さん扮する貴族令嬢という身分違いの二人が、仮面舞踏会で逢瀬を遂げるというものらしい。
午前は庭園での撮影で、午後からはお城の中の大階段を使った撮影が行われる予定だ。
私たちの出番は午後からなので、午前中は撮影の見学をさせてもらっていた。
主役の芹沢さんは私と同い年なのだそうだが、場慣れしている様子で、きらきらとしたオーラを放ちながらNGを出すこともなく進めている。
そんな彼や見慣れぬ豪華なロケに目を輝かせる私に対して、先輩はというと、なんだかずっと遠い目をしていた。

「私は元気ですけど、先輩はあまり調子がよくなさそうですね?」

口数が少なくぼんやりとしているのは時差ボケのせいかと思っていたけれど。
地毛の黒髪ショートに、オーバーサイズのトップスとスキニーデニムというコーデの彼は、いつもよりメイクが薄いのも相まってなんだか儚ささえ感じる。
出番ももうすぐだというのに体調でも悪いのだろうか。
心配になってその顔を覗き込むと、先輩は気恥ずかしげにふいと顔を背けた。

「……俺だって緊張くらいするよ」

「きっ緊張!? 先輩が!?」

「別に驚くことじゃないだろ」

「それはそうですけど」

「でもまぁ、コンクール前の麻生に発破をかけたこともあったのに、これザマじゃもうあいつに向かって偉そうにはできないな」

見るとその手はかすかに震えていた。
そうか、先輩も人並みに緊張したりするんだ。
天才肌であり努力家でもある彼は、いつも自信に満ち溢れているから、こんな姿なんて見たことがない。
今回のお仕事は名誉なことだけではなく、当たり前だが、それだけプレッシャーを感じることでもあるのだろう。

「先輩、私も精一杯サポートします! だから一緒に頑張りましょうね!」

「礼……」

少しでも勇気づけられればと思い、震える手に自分の手を重ねてギュッと握る。
すると先輩はその大きな目を瞬かせてから、ゆっくりと微笑んだ。

「礼がいてくれてよかった。一人じゃないと思うと心強いな」

先輩がそう言ってくれるならば、私が着いてきた意味も少しはあるだろうか。