スノー&ドロップス

 濡れた髪を乾かす自分の姿を、ぼーっと眺める。霧がかかったように曇り始める鏡は、私の顔を少しずつ消していく。

 幸せってなんだろう。
 何が正解で、何が間違いなのか。それを決めるのは他人なのか、私自身か。

 突然、ドライヤーからの騒音が途切れた。右手へ伝わる覆われた感触で、となりに鶯くんがいたことにようやく気づく。

 乱れた生乾きの髪に触れる指先は、しなやか。吹き付ける熱風、背中に感じる人肌の厚み。全てが、頬を白い花から紅葉(こうよう)の色へと変える。

「何か考えごとでもしてた? ずっとこもってたわりには、全然乾いてない」

 風になびく髪が、さらさらと彼の指の隙間を溢れていく。まるで髪の一本ずつに神経があるみたいに彼の熱を感じている。

「いつでも相談に乗るよ」

「……ありがとう」

 鏡は徐々に曇りを晴らして、私たちの姿を現していくのに、聞きたいことは一生口に出せないと思う。真実を本人から知ってしまうのが怖いから。

 乾いた長い黒髪をとかす鶯くんは、いつもと変わらない落ち着きのある表情で。私たちを繋げていた約束の糸が切れても、鶯くんの心が乱されることはない。

 私のことは、本当に必要なくなってしまったんだ。
 目元を隠している重い前髪を、鶯くんが流すように耳へ掛ける。

「もう約束はないのに、前髪はそのままなんだ?」

 ほら、そうやって私を突き放すことを言う。切りたくても切れないと知っているくせに。
 ううん。そんな気持ちには、これっぽっちも気付いていないだろう。