こんなことなら分厚いレンズ越しだったら不確かで良かったのに、なんて思う。

 彼女がいたなんて全く知らなかった。

 鶯くんが誰か知らない子と、あんな風に触れ合っている所を見たくなかった。胸がざわざわして落ち着かない。荒い呼吸を整えようとしても、体は空気が足りないと言っている。

 いつかはこんな日が来ると、分かっていたはずなのに。心臓が締め付けられるように苦しくて、痛かった。


 私が帰宅してから、しばらくして鶯くんが家の戸を引いた。
 十五分あった空白の時間が、より想像を()き立てる。
 雨が降りしきる中、今までずっとあの人と一緒にいたのか。あの後にどんな会話をして、どう別れたのか。

 ソファーでクッションを抱きながら、ダイニングでお茶を飲む彼に視線を移す。普段と変わらぬ様子で、落ち着きのあるポーカーフェイス。
 鶯くんは常に何を考えているのか分からない。動揺したところを、一度も見たことが無い。

「どうかした?」

 あまりにも露骨に目を向け過ぎたのか、鶯くんが首を傾げた。「なんでもない」と、不安の音がギスギスと鳴る。

 彼にとって、私はただの妹。離れていく事を恐れているのは、きっと過去のトラウマから。私は鶯くんの異質な特別であって、恋愛対象ではないと分かっているつもりだった。

 ソファーがたわみ、鶯くんが隣に座った事に気付く。頭に触れる優しい指先さえ、ギュッと唇を噛み締めるほどの拒否反応に変わる。

 あの人に触れた手で、触られたくない。