冷気を持った指先が、私の手に重なった。

「……知ってる? 世界ってね、わたしたちが思ってるよりすごく壮大なんだよ? 未知なことが、たくさんあるの」

 にこりと微笑む顔が近付いてきて、私の長い前髪が舞い上がる。視野が広くなって、きめ細やかな肌が目に飛び込んで来た。

 眼鏡が……取られて……?

「思った通り、青砥さんってキレイな目してる」

 体温を感じない手が、(ひたい)からそっと下ろされる。
 凄まじい事件を目撃したのかと聞かれるくらい、私の瞳はうろたえているだろう。

 何事もなかったように、眼鏡はすぐ元の定位置へと戻された。

 ……見られた!
 鶯くん以外の人に、目を見られた。

「可愛いのに、どうしてそんな格好してるの? 前髪と眼鏡なくしたら、もっと世界が広がると思うよ」

 何も知らない藤春さんは、晴れやかに唇を上げるけど。手足の震えが止まらない。

「……だめ。それは……できない」

 それだけ言い残して、私は資料室を飛び出した。

 築き上げて来た鶯くんとの世界が、壊れていく音がする。