スノー&ドロップス

 優しく囁かれる声は(やいば)のように鋭くて、漆黒の瞳は私を捉えて離さない。
 額に落とされた唇は、耳を()み頬を()める。その度に肩がびくついて、体が強張(こわば)った。

 まるで猫を可愛がるみたいな手つきで、私に触れる。強引さも手荒さもない。でも。
 ぬるい吐息がかかる距離。唇が触れようとする寸前で、体を遠去けた。


「…………やだ」

「…………やだ?」


「前の、優しい鶯くんに、戻ってほしい」


 初めて鶯くんを否定した。拒絶と捉えられても、仕方ない行動。
 それが引き金になったのかは分からない。その日を境に、鶯くんからの執拗な愛情表現は増していった。



 カーテンを閉めた部屋で、ずっと横になっている。ただ呼吸をして、適度なエネルギーを口にして生きているだけ。
 鶯くんの言いなりに大人しくしていたら、一日を終えられるから。もう少しだけ我慢すれば、きっと昔の鶯くんが帰ってくる。あと、一日。

 机の上に置き去りにされている教科書に目を向けて、ぼんやりと想像する。藤春くんは、元気にしているだろうか。

 スマホの着信音が鳴った。音量を小さめに設定していたから、あまり響くことはない。
 無気力な手を動かして画面を見ると、【藤春】の文字が目に入った。ぐっと指に力が入る。

 家には誰もいない。だから躊躇(ちゅうちょ)なく出られるはずなのに、少しだけ指先が震えた。

『……青砥さん? やっと出た。もしかして寝てた?』

 一週間ぶりに聴く声は、電話越しだからか少し低く感じた。可愛らしさより、男の子っぽさが上回っている。