うなずくだけで、精一杯だった。
 いつもと同じ視線のはずなのに、どこか冷たく感じる。刺すような瞳は、流れるように逸れていき、小さな「おはよう」だけを落として去ろうとした。

「あ、あの……大丈夫……ですか」

 なにがなのか、自分でもわからない。衝動的に発した言葉に、藤春くんは首をかしげて。

「校内では口聞かないって約束だったけど、いいの?」

 白い髪で片目が隠れた。こうした自然に反する明るさは、心臓を凝縮する。偏見でしかないけれど。

「休みだと……思ってました」

「うん、とりあえず帰ろうかな。コレ、どうするか考えなきゃだし」

 毛先をつまみながら、藤春くんはフッとため息をこぼす。
 なにか事情があるのかもしれない。心なしか、困っているように感じたから。

「ズル休み、ですか」

「まあ、そうなるね。青砥さんも一緒に帰る? なーんて、冗談」

「……はい」

 予想に反した返答だったのだろう。すでに背を向けていた藤春くんが、ゆっくりこちらを向いた。

「え、本気?」

 黙ってうなずき、嘘じゃないことを伝える。
 たまたまやって来た他学年の教師にプリントを預けたのを見て、藤春くんは信じてくれたようだ。