スノー&ドロップス

 髪が頬に貼り付く湿った空気。小さな窓の外から聞こえて来る蝉の声と、滝のように噴き出るシャワーの音。
 浴槽の(わき)に寄りかかるように倒れている母親と、赤い水の中でうつ伏せになって浮遊する凛名。

「凛……ちゃん?」

 何が起こっているのか、すぐに状況を理解出来なかったけど、異常だということだけは分かった。
 初めて目の当たりにする光景に足がすくんで、動けなくて。

『鶯ちゃんのこと、世界一好き』

 向日葵のような笑顔が脳裏に浮かび、僕は彼女の力ない手を取った。
 呼び掛けても返事はなかった。

 でも、凛名の手はまだほんのりと温かくて、微かに僕の指を掴んだんだ。

 ーーまだ、生きている!

「今、助けて……」

 小さな手は僕の指をすり抜けて、ジャポンと血の湖に落ちた。
 僕の目の前で、凛名は息絶えた。

 もう少し早く来ていれば、助かっていたのかもしれない。
 怖くて、怖くて、しばらく戸を閉めた脱衣所の隅で足を抱えて震えていた。

 誰かに知らせることも、その場を離れることも出来なくて。

 何時間経ったのか。外からは嵐のような雨音が聞こえてきて、蘇るさきほどの光景を消すように僕は両耳を塞いだ。