スノー&ドロップス

 ーー違う。
 夕方、日比谷と部屋で何があったか気付いている。だから、僕の部屋に行きたくないんだ。
 下がり気味の眉、合わない視線、唇を紡ぐ仕草と茉礼は表情に出やすい。

 彼女の部屋は、先程の香りとは違う花のような優しい幽香(ゆうこう)がふんわりと漂っていた。

 僕の知らない空気だ。

 勉強机の上に、淡い紫の蓋がされた小さなガラス瓶ような容器が置いてある。その中には鮮やかな花と透明の液体が入っていて。どうやらそれが奥ゆかしく、ほのかな香りの正体のようだ。

 向かい合わせで勉強をする彼女の姿に、違和感の答えが浮かび上がる。
 Tシャツと短パンの部屋着から、ウエスト部分がヒモで絞られたワンピースタイプのルームウェアに変わっていた。

 最近、茉礼の帰りが遅い。高校の近くにあるカフェや店に寄ってから帰宅していることは把握済みだ。言い逃れ出来ない証拠も掴んでいる。

 新しくワンピースを買ったのも知っている。ずっとモノクロのパーカーしか着たことのない彼女が、色物を選ぶとは。

 あの日、僕が塾から帰ると慌ただしく二階へ上がる足音がした。出かけていたことを、僕が気づいていないとでもーー?


 僕だけの世界に閉じ込めていた茉礼が、どんどん綺麗になっていく。
 脳裏にチラつくのは、やはり藤春雪(あいつ)の顔。


「……鶯くん? あの、終わったよ」

 伺うような目色をして、小さな口を開く。
 昨日まで絆創膏で覆われていた首の痕は、目立たなくなって消えていた。

 もう少し残っていたらよかったのに。