スノー&ドロップス

「今日の肉じゃが、ちょっと薄かったわね」

 口元を押さえながら、英恵さんがしみじみとした声色で呟く。

「そうかな? 私はこれくらいがちょうど良いと思うけど」

善和(よしかず)さん、濃いめが好きだから。あとで少しお醤油足しておかないと」

「母さん、あんまり父さんを甘やかさないでよ。 この前も急に食べたいって言い出した大福作ってたから」

「そういえば、そんな事もあったわねぇ。おいしいって食べてくれるから、ついね」

 クスッと笑う英恵さんは、幸せそうに見えた。


 石鹸の香りが充満する浴室を出て、濡れた髪をタオルで拭く。
 殴り降るような雨、滝のように出るシャワーと波打つ湯船。僕の嫌いなもの全て。

 だから、ほとんど風呂の湯に浸かったことがない。英恵さんから、「鶯祐のお風呂は(からす)行水(ぎょうずい)ね」と言われるほど。

 一段ずつ階段を上がる度に、乾かした髪から使い慣れたシャンプーの爽やかな匂いが放たれる。
 何気ない香りでも、人物が変わるとそれは誘惑に変わる。

 僕の部屋の前で、ノートを抱えた茉礼が浮かない表情をしながら立っていた。
 その姿に違和感を覚えながらも、同じ香気(こうき)をまとう彼女からは色気さえ感じて。

「部屋で待ってたらいいのに」

「あのね、今日は……私の部屋で教えてもらえないかな?」

「いいけど、急にどうした?」

「気分転換……かな」