スノー&ドロップス

 日が暮れて町は夜の闇に更け始めた。テレビから流れる音声、テーブルの上で繰り広げられる陶器と金属が触れ合う音がリビングに響いている。

 平日は大抵(たいてい)、仕事で遅い父を除いた三人で夕飯の食卓を囲む。

 茉礼の母である英恵(はなえ)さんは、とても良い母親だ。僕に対して本当の息子のように接してくれる。居心地は決して悪くない。

 だから、壊れた時のことをよく想像する。この人も、いつかは僕を裏切るんじゃないかって。


 僕を産んだ母親は自由奔放で、とにかく家庭より自分優先の人だった。食事はろくに作らない。子どもと遊ぶどころか抱きしめられた記憶すらない。園児の僕を一人置いて遊びに出かけることもざらで、いわゆるネグレクトだった。

 年中になる頃には、隣に住んでいた同級生の家にいることの方が多かった。
 終いには、五歳児の僕を置きざりに男と家を出て行った。母親より女としての人生を選んだ人。

 家族の思い出なんて、ひとつもない。

 仕事が忙しかった父は、ほぼ毎日と言っていいほど僕が寝ている間に帰宅して。あの頃は休日出勤も少なくなかったため、その事実を知っていたのかさえ分からない。

 聞かれなかったし、わざわざ告げ口するようなこともしなかったから。


 あんな人でも、僕にとっては、たったひとりの母親だったんだ。