スノー&ドロップス

 グイッと胸元を掴まれて、ふわりと甘い花の香りが鼻孔(びこう)をくすぐったと思った時には言葉を(ふさ)がれていた。
 唇に現れる押しつけられるような感覚は、数秒後には離れていた。

「この前は仕方なくフリしてあげたけど、いつまでも馬鹿にしないで。ファーストキスあげるくらい、私本気なんだから」

 突拍子もなく、耳のそばで大きく手を叩かれたような気分だ。
 こいつ、正気なのか。耳にタコが出来るほど、付き合わないと言っているのに。

「口に毒塗ってたら、今頃日比谷死んでるよ」

「真面目に話してんの!」

「悪いけど、僕は」

「始まる前に終わらせないで。即答しないで、もうちょっと考えてよ。考える素振りだけでもいいから……」

 力強かった声は徐々に小さくなり、頬を染め上げる。必死に訴えかける姿は、健気(けなげ)にも思えた。まるで親にすがる子どものようだ。

 それでも、僕の気持ちが揺らぐことはない。
 唯一無二の特別な存在は、茉礼しかいないのだから。

 今更になって自分のした行動に恥じらいが出てきたのか、彼女は慌てた様子で帰ると部屋を出た。
 机の上に残されたノートを手に、追いかけるようにして後に続く。