「なにが?」

「今、変な間があった。人のキス待ち顔見て、バカにしてたんでしょ」

「してない」

「バカ、変態、人でなし! 期待だけさせて、この前だって……」

 罵倒(ばとう)が止まらない唇を手のひらで(さえぎ)る。
 反動で日比谷の背はわきのベッドへと倒れ込むが、僕の指は騒がしい口元を覆ったまま。影が重なる体勢に、触れている頬は熱くなっていく。

「勝手に期待してるのは日比谷だから。僕は誰も好きにならないし、付き合わないって前にも言ったはずだろ」

 人は水を飲むように嘘をついて、吐き出す水で炎を消すように裏切る。
 誰も好きにならないと決心したあの日から、特別な感情が芽生えないように、常に冷徹を保ち人と一線を引いてきた。

 約束なんて戯言(ざれごと)だ。運命を誓い合ったとしても、必ずなんて有りはしないのだから。

 指の力を緩めると、日比谷の唇から小さな吐息がこぼれた。(うれ)いを帯びた瞳は、やがて僕の目をゆったりと(とら)える。

 あの時の僕を彷彿(ほうふつ)させるように。

「思わせぶりな態度取る鶯祐が悪いんだ。こんな状況で、意識するなって方がどうかしてる! 好きなんだから、触れたいって思うの当たり前だよ」

 肩で息をして、目は薄っすらと潤いをもたらす。
 彼女を追い込んだ体勢のまま、僕は静かに言葉を落とした。

「ここの壁薄いから、大きな声立てると隣に聞こえ……」