「日比谷、聞いてるか?」

「えっ、あ、うん……聞いてるよ」

 そうやって息をするように嘘を吐く。

 日比谷も、茉礼も、ーーあいつらもみんな。

 密着していた肩を離すけど、それ以上近付いては来ない。柄になく緊張しているのか、今日は一段と大人しく感じる。
 無言でノートを閉じると、日比谷は驚いた表情で僕を見た。「どうして?」と言いたげな目をしている。

 パタンッ、と隣の部屋のドアが閉まる音が聞こえた。一階から茉礼が上がって来たんだ。
 それを確認した僕は、日比谷にグッと顔を寄せる。

「ちょっ、おう……すけ? どう……したの」

 日比谷は酒にでも酔ったような顔をして、いつになく女らしい声を上げた。その瞳は緊張と動揺に揉まれながら、期待の色を浮かべている。

 柔らかな頬に指を沿()わせる。びくりと肩を震わせ、伏し目がちになった大きなまぶたを閉じた。

 大抵の男なら、早くこの唇を奪いたい衝動に()られるだろう。
 でも、僕は至って冷静に綺麗な顔を見ている。くるんと上がったまつ毛がわずかに動く様子にも罪悪感はなかった。

「……まつ毛ついてた」

 ありもしない架空の存在を親指で払い、何食わぬ顔で体を離す。

 拍子抜けした表情をする彼女は、目を閉じていた時よりも血流が良くなっているようだ。
 金魚のように口をパクパクとさせながら、今にも文句を放ちそうな唇をしている。

「絶対、うそ」