「居づらくなったんだ、君のせいでね」
婚約破棄は瞬く間に会社中に広まった。
そのせいで、俺は上司にも部下にも同情されて孤立し、そんな時にたまたま専門学校が主催している料理教室の【パンコース】の張り紙を見た。
それから俺はパンの世界に飛び込んだ……こいつとの別れは案外良かったと思う。
「ねえ、こんなパン屋なんて閉めてまたあの会社で働いてよ。そしたら結婚してあげる」
「……は?」
結婚してあげる、だ……? パン屋を閉めて?
「ねっ? 私みたいな美人で仕事できる方があなたには相応しいわよ……けどパン屋の奥さんはちょっと恥ずかしいじゃない。私はね、出世する男が好きなの。会社でも将来有望だって言われていたじゃない」
……こいつはいつまでバカにするつもりだ。自分が可愛くて仕方ないんだろうな。
婚約当時はそんなところもきっとかわいいと思っていたんだと思うけど、当時の自分を殴ってやりたい。
こんなやつと一緒になりたいと思った過去は本当に黒歴史だと改めて思った。
「俺は─︎─︎……」
自らの気持ちをぶつけようとした瞬間、店の扉が思いっきり開いて鈴が暴れて鳴り響いていた。
「店長! やめちゃ嫌だよっ」
「さ、彩愛ちゃん!?」
入ってきたのは今にも泣きそうに目を潤ませている彩愛ちゃんだった。



