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「いらっしゃいませ〜」
「このゆずとホワイトチョコのカンパーニュのハーフと、イチジクとくるみのカンパーニュ一本ください」
夕方……いつも通りのパン屋さん。今日もパン屋さんは繁盛しててたくさんのパンがなくなってきている。
「前、来た時このカンパーニュ美味しかったからまた来ちゃった」
「ありがとうございます、店長も喜びます」
「ふふ……可愛い店員さんね、ありがとう。また来るね」
仕事帰りだろうか……綺麗な女の人だな、きっと仕事もできるんだろうな。だってあんなにもヒールが似合うんだから。
「彩愛ちゃん、追加焼けたよ─︎─︎……菜桜(なお)?」
店長は私のことを見ていたはずなのに、私じゃない綺麗な彼女を懐かしいという目で見ている。まるで……二人の世界みたいだ。
彼女もその声に反応して振り向き「庵だ……やっぱり」と呟いた。
「どうして……? 菜桜が、いるんだ」
「私は客として来たのよ? ……庵が会社辞めてパン屋になったって聞いてね」
「……そうか、帰ってきたんだな」
お互いに“菜桜”“庵”ととても親しげに呼び合っている彼らはただの知り合いなんかじゃない。
「あんなに仕事人間だった庵がなんでパン屋やっているの?」
「……関係ないだろ、君には」
そう言い放つ店長の声は鋭く低い……聞いたこともない声だ。こんな店長見たことない。



