「山里さん、戻りました」

「おかえりなさい。じゃぁ、私もお昼とらせてもらうね。午後からは、この事務処理を頼んでいいかな?」

「はい、わかりました」

 職場での昼休み。交替で昼休みに入る山里さんから仕事の指示を受けてからデスクにつくと、しばらくして戸崎部長が書類を持って近付いてきた。


「お疲れさま、矢木さん。山里さんは……」

「今、お昼休みとられてます」

「あぁ、そっか。じゃぁ、彼女が戻ってきたら、この資料の内容、問題なかったってことを伝えといてもらっていいかな?」

「はい、もちろんです」

「矢木さん、あと二ヶ月ちょっとで引っ越しだね。準備は順調?」

 渡された資料を受け取ると、戸崎部長がついでに、と言った感じでそんなことを訊いてきた。


「そう、ですね。まぁ……」

 渡米に向けての準備は、予定どおり進んでいて順調だ。

 だけどはっきりと「順調です」と答えられないのは、妃香さんのことがあるからだ。

 昴生さんの帯同家族として連れて行くためのVISAの手続きはできているし、飛行機のチケットや今住んでいる部屋を退去したあとの滞在先の準備、渡米後に家が見つかるまで数週間滞在することになるホテルの予約。そういうことは全部、会社を通して進めてもらっている。

 昴生さんのことを疑いたくはないけど、渡米の直前になって、妃香さんが現れないか。あの綺麗な女性(ひと)が、私から彼を奪い去ってしまわないか不安になる。