「他人事みたいに言うな」

「だって、他人事ですし」

 ぼそりとつぶやくと、昴生さんが私のことをじろっと睨んできた。

「俺が異動になれば自由になれると思ってたなら、大間違いだぞ」

 そう言いながら、昴生さんが黒ボールペンと共に薄っぺらな紙を私のほうに押しやる。

「咲凛、お前も俺の異動についてこい。嫁として」

「は? 何言ってるんですか?」

 さっきから、黒ボールペンと共に突き付けられているのは婚姻届だ。

 私の前にいる綺麗な顔の男が口にしたのはプロポーズ……、ではなくて、たぶん命令。

 昔からオレ様志向な男だとは思っていたけれど、いろんなことを全てすっ飛ばして突き付けられた婚姻届に、さすがの私も呆れてしまう。

「私、今の会社に入社してやっと半年経ったところなんですけど……」

 そう言いながら婚姻届を押しやると、昴生さんも真顔でそれをこちらに押し返してくる。

「だから?」

「だから、じゃなくて……。いきなり婚姻届にサインしろなんて、いくら昴生さんといえど、横暴すぎます! だって私たち、一緒に住んでますけど付き合ってるわけじゃないですよね?」

 強い口調でそう言うと、昴生さんが不服げに唇を真横に引き結んだ。