【19・エピローグ-2】



「小田さん、美穂さんがお部屋に戻ったそうです」

 持ち場であるNICUの仕事に戻る三河さんと別れて、入院病室に戻る。

「お疲れさん」

「おなか小さくなっちゃった」

「そりゃぁなぁ。三河さんが、元気だから心配無さそうだって」

「でも、私の赤ちゃんだから、どんな病気あるか分からないし……」

「それも調べてくれるって。今は大仕事終わったんだから、ゆっくり休んでくれ」

「このあと、麻酔が切れて痛くなるんだろうなぁ……」

 でも仕方ない。この体では陣痛と分娩まで耐えられなかったかもしれないから。

「でも、ちゃんとママになれたんじゃないか」

「うん、ヒロくんもパパだよね。今度からどっちで呼べばいいのかな?」

「その前に子供の名前決めるのが先だろっ!」

 そんなやり取りを見ていてくれた三河さんが病室の入り口で吹き出していた。

「あ、すみません」

「もぉ、瑠璃さんに聞かれて恥ずかしい……」

「お取り込み中失礼します。エコーなども見させていただきましたけど、美穂さんが心配されていたようなものはありませんでした。今日は一晩NICUでお預かりして、明日からは一般の新生児室に移りますね」

 これを伝えたくて、自分で来てくれたのだろう。

「瑠璃さん、あの、お願いがあります」

「はい?」

「あの子のこと、みゆきと呼んであげてください」

「みゆきちゃんですね。字はどう書きます?」

「美しいに幸せで美幸でお願いできますか?」

 いろいろ考えていたけれど、やっぱりふたりの中で一番最初に上がった名前に決めた。

 このタイミングだと、ベビーベッドなどに取り付ける名前は全部三河さんが書いてくれることになる。逆にそこまでお願いしてしまいたかった。



 小さく生まれた美幸と、帝王切開だった美穂が退院したのは、普通の出産入院より長い10日後だった。

 先生と三河さんたち看護師さんに見送られての退院。

「本当にありがとうございました。初めての経験をさせていただいて」

 記念品として渡された品の中に桐箱に入れてもらった美幸の「臍帯(へそのお)」がある。

 この病院では、そこにへその緒を切った人、すなわち取り上げてくれた人の名前が書かれる。だから父親の名前が入るケースも多いそうだ。つまり彼女の名前は私たち家族の一番最初の記念品に刻まれている。

「美穂の時にお世話になったお礼です」

「いい看護師さんになってね。次は1ヶ月健診で来ますから」

「はい、お約束します。その前でもいつでも顔見せてくださいね」

 この入院期間ですっかり母親らしくなった美穂。美幸を抱っこすることにも慣れて、危なげなく部屋に戻ってもあやしている。

「ねぇ、私たちにこんな未来があったなんて、あの当時に考えられた?」

 胸が小さいから出ないかもと心配していた母乳も、出産の翌日から次第に乳房が張るようになって、授乳もできるようになっていた。美幸に母乳をあげながら聞いてくる美穂。

「あのときはまだ考えられなかったなぁ。でも美穂と一緒にいたいとはずっと思ってた」

「そっかあ。そういえば聞きたいことがあったの」

「ん?」

「ヒロくん、昔から私にずっと優しくしてくれていたけど、あれはどうして?」

「えっ?」

「だって、当時は病気なんて言ったってみんな分からなかったでしょ? どうして私のところにいてくれたのかなって」

 まったく、なんて質問をしてくるのか。でも、美穂には逆に不思議なことだったのだろう。

「そんなの決まってるじゃんか」

「そうなの? やっぱり弱そうに見えた?」

「んー、そんなことを気にしていた訳じゃないな」

「そうなの?」

 昔だったら、本人の前で言うことはできなかったかもしれない。

「……気付いたやつは、他にいなかったんかな?」

「え、なになに?」

「あの当時のクラスで、笑ったときに一番かわいかった女子が美穂だったんだ。それに一目惚れしたのがきっかけ 」

「もぉ、そんなんのだったの? もう知らなぁい! ヒロくん軽すぎるよぉ」

 顔を真っ赤にして恥ずかしがる美穂。

「だから、俺はその笑顔を守るのがこれからの仕事だ」

「うん、ありがとう。もう、大丈夫だよ」

 当時一目惚れしたのと変わらない笑顔を見せてくれた美穂。俺はそんな彼女の小さな手を握って頷いた。