【12-2】



 枕元の明かりを消すと、街の灯りと空の星たちがひとつに混じって私を包み込むようだった


「懐かしい……。あのときみたい」

 あれはいつの頃だったのか、小学3年か4年のころだったかハッキリとは覚えていない。

 理科の授業の宿題のなかで、冬の星空の観察というのがあった気がする。

 当時私たちが住んでいたのは県営の団地。高度成長期に建てられたものだったから、今のようなハイタワーのマンションではなくて、4階、5階が一番高い建物ばかりだったし、建物の間も広いスペースがあったし、児童公園もたくさん設けられていた。

 そんな環境の中では、夏場の星座観察に不自由はなかったと思う。

 でも、その宿題を出されたときに、私は考えてしまった。両親にお願いすることもできるけど、周りはみんな、日にちと時間を相談している。

 宿題を提出するという意味では、誰と取り組んだとしても構わないのだろう。

「竹下、これ誰かとやる?」

「ううん、私は一人の予定」

「そっか……」

 小田くんはしばらく考えたあと、小さな声で私に話しかけてくれた。

「もし、竹下さえよかったら、一緒にやらない?」

「いいの?」

 誰かと約束をすることが怖かった私。体調がいつ崩れてしまうかわからないし、場所によってはみんなについていくことだって難しくなってしまうのに。

「もし、よかったら、竹下にだったら話せるとっておきの場所があるんだ。もし、竹下が行かないなら一人でやるつもりだけど」

 逆に私の不安を小田くんは払拭してくれた。小田くんと二人だけだったら、私のことをわかってくれている人なら、一番条件もいい。

 私はその誘いに乗ることにした。

 翌日の夜、夜も雲がないという予報を聞いて、小田くんが私を呼び出したのは意外なところだった。

「学校?」

「そう、この上ならなんにも遮るものがないから、星空がすごくきれいに見えるんだ。夏空は観察が難しいんだよ」

 夜の職員室には、もう話してあったんだろう。そうか、小田くんは理科クラブに入っているんだもんね。天体観測なら慣れているってことなんだ。

 誰もいない廊下は薄気味悪い気もしたけれど、二人で歩いていると怖さはなかった。

 普段は上ることもない屋上への階段。重い扉をあけて、暗い屋上に出たときに、私は息を飲んだ。

 港が見える地平線の方は灯りがあるけれど、今回の宿題になっている、北斗七星やカシオペア座のある天頂や北の空は邪魔をする明かりがない。

 こんなに近くに、プラネタリウムのような空があったなんて知らなかった。

「ここなら邪魔する人もいないだろ?」

 きっと今日あたり、他の公園ではいろんなグループが繰り出しているに違いない。

  でも、児童公園には必ず灯りがあるから、星がきれいに見られる場所は限られてしまうだろう。

 だからこそ、小田くんはきっと彼だけの秘密の場所に私を招待してくれたんだ。

 小田くんは透明なビニール傘を広げて、屋上の床にガムテープで固定してくれた。

「この下に紙をおいて、時間になったら、そこから見上げるとちゃんとドームのなかにいるように星の場所を描いていけるだろう?」

 これはすぐに終わるものではない。小田くんが話してくれた。星の動きは太陽と同じで1時間に15度。だから少なくとも今回の宿題のように星の動きを観察して絵に描くとすれば、2時間から3時間がかかる。

 冷えてきたら建物のなかに入ることだってできるんだ。だから3時間の観測時間は全く辛くはなかった。画用紙の上に鉛筆でプロットした星の点を色鉛筆で彩色、観察時間の記入などをしていくうちに、いつの間にか宿題は終わっていた。

 もちろん観察の宿題がメインの理由ではあったのだけど、小田くんと二人きり、そして天然のプラネタリウム、そこに私だけを誘ってもらえたということ。

 この星空のなかに溶けてしまっても構わない。二人とも普段の教室では決して快適ではない。でも、彼はこんな誰にも負けないものを持っているんだ。

 私も彼のように負けないものを持ちたい。ううん、ずっとそばにいさせてほしい。この時間が終わらないでほしい。

 小田くんが私に優しいということは分かっていたし、もうみんなも知っていたと思う。

 でも、この夜のことは、私のなかで本当に誰にも話せない、私だけの宝物になったの。

 今でも星空を見上げると、そのときのことを思い出す。

 あれからいろいろあった。悔しいことも、悲しいこともあった。

 でも、小田くんがまた私を抱き締めてくれた。

 もっと山の上に行ってふたりできれいな星空を見たい。

 それだけでも、私は頑張ろうと思える。

 お願い……。私のことを離したりしないでね……。

 私はもう、あなたの存在がなかったら、何を頼りにしていけばいいか分からなくなってしまうんだもの……。