【9-1】



 いつもと違って、今日の美穂は不自然なほど積極的だった。

 一人暮らしなんだから、ごはんを作ってあげるよと食材だけでなく、菓子類や飲み物なども買い込んだ。

 最後に、駅のロッカーからボストンバッグを取り出して俺の部屋に向かう。

「ごめんね、突然変なこと言い出しちゃって……」

「家には話してあるんだよな?」

「もちろん。ヒロくんに迷惑かけるわけにいかないから。あとで電話もする」

「じゃあ、それは約束してくれな?」

「うん」

 この先、どういう展開になるかは分からないけれど、なんとか美穂の気持ちを包み込んでやりたいと思っていた。



 朝、ふたりで出ていったままの部屋。

 俺が部屋の掃除を少しする間に、彼女はキッチンスペースで今夜の食事と数日分のおかずを作って冷凍庫に入れてくれた。

 それが終わる頃に、窓を雨が叩く音が始まった。

「降りだしちゃったな」

 せっかくだからと、出来たばかりで温かい夕食をふたりで食べる。

 美穂の味はもう何度も口にしているけれど、料理の腕はなかなかなものだ。外に出られない分、自宅の料理を3食担当することもあるそうで、その分鍛えられているのだろう。

 食器の片付けを終えて外を見ると、雨に加えて風も強くなっており、春先の嵐といったところか。

「帰るのは……、難しそうだよな……」

 分かっていても、念のために聞く。

「そうだね……」

「用意してきたんだろ?」

 ロッカーから取り出したボストンバッグ。恐らく今夜の泊まりの用意をして来たのだろうと思っていた。

「うん……。ごめん、勝手なことして……」

「ちょうどいい。今夜はゆっくり話そうよ。その代わりに約束どおりに、お家に連絡してくれるか?」

「うん、分かった」

 自宅に連絡をしてもらう。ダメと言われることはないと分かっていながらも、そこはきちんとさせておきたかったから。

「……そう、ヒロくんのお部屋だから。うん、ちゃんと話して、迷惑かけないようにする。……おやすみなさい」

 スマートフォンの終話ボタンをタップして、テーブルの上に置いて俺を見上げた。

「よく、頑張ったな」

「お家に電話するだけだよ……」

 心なしか彼女の声が震えている。

「無理をすることじゃない。今日ここで言い出せなくたって、病院であんなに頑張れたじゃないか。偉かったぞ」

 そうだ。雰囲気的に忘れてしまいそうだったけれど、今日は俺も美穂も重大な決断を続けて下してきたんだ。

 二人で生きていこうと決意したこと、そして病を治したいと自らの意志で告げたこと。

 美穂と一緒に生きていくと、彼女に告げたこと。

 本当なら1日で決められるような軽い話じゃないずだ。

 でも、それは小学生のあのころの淡い思い出から、そして彼女が存命だとわかってからずっと考えてきたことだ。この先のことはまだ決めなくてはならないことも多いけれど、今日の決意に後悔はしていない。