そもそも、シエラは盛られた薬をまんまと飲んでしまっている。その薬を強い毒薬にしておけば殺すことができたはずなのにそうしなかったのはいったい何故なのか。
一人思考を巡らせるシエラの元に、侯爵はゆっくり近づいてきた。そして、女性を虜にする魅惑的な笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。
「はは。恐怖に歪む貴女の顔、美しいね。笑顔なんかよりよっぽどそそるよ」
「やめて、触らないでください」
「嫌なら手を払いのければいいじゃないか。……ああ、すまない、まだ薬が効いていて手を動かせないんだね」
ラドクリフ侯爵は、また「はは」と笑い声をあげて、シエラが横たわるベッドにどさりと腰を下ろした。
「この部屋は気に入ったかい?」
「は……?」
「ここは貴女の部屋だ。そして貴女は今日からわたしの妻。表には出さないけどね」
「何を言っているの?婚約の話は私を近くで監視するために適当に言っていただけでしょ?」
「その点について、少し誤解がありそうだ」