「コーヒーでも淹れましょうか?」



 気を使った静奈がそう尋ねても、彼は答えないどころか微動だにしない。


 ちゃんと呼吸をしているのか心配になるぐらい本当に動かないので、静奈は黒瀬のそばにしゃがみ込んで、そっと顔をのぞきこんだ。



「黒瀬さん?」



 呼びかければ、彼は寝そべったまま虚ろな目を静奈に向けた。

 そしておもむろに、両手を静奈の顔に伸ばしてくる。白く骨ばった手で静奈の頬を覆った。



「あの……」



 謎の行動に戸惑う。その静奈の唇に、黒瀬は──ゆっくりと、自分の唇を付けた。


 ……断りを入れておくと、黒瀬と静奈は決して恋人同士などではなかったし、それに類するような雰囲気も皆無だった。

 静奈が黒瀬の家に住んでいることを知った人から「若い男と二人暮らしは危ないのでは?」と問われることが度々あったが、それまで黒瀬は全く……静奈が少し自信を失うぐらいに、手を出してはこなかった。健全の中の健全だった。