「……は? 課長、今何ておっしゃいました!?」

「だから、君に、今晩の会長のお誕生日パーティーに、私の代わりに出席しろと言っとるんだよ。君なら物腰も低いし、上の人間の当たりも強くないだろうしな。頼んだぞ!」

 彼は僕が「痛い」と顔をしかめるのもお構いなしに、僕の肩をバシバシと叩いてきた。

「……あの、その場合、僕に時間外手当はつくのでしょうか?」

 上司の代理で会社の行事に出席する以上、これは立派な〝仕事〟のはずで。当然、給料にも時間外手当がついて然るべきだったのだが。

「これは仕事ではないから、そんなモンつくわけないだろう。では桐島君、頼んだぞ」

「ええーーーー……? ウソだろぉ……」

 いけしゃあしゃあと勝手なことを言い、課長は僕の意思などお構いなしに決めてしまった。あまりにも身勝手すぎる。

「はぁ~~~~、なんで(おれ)ばっかりこんな目に」

「お前だけじゃないって、あの課長に振り回されてんのは。――胃薬いるか?」

 自分の席に座り込んで頭を抱えている僕に、隣の席から同期入社の久保(くぼ)(いたわ)わるような声をかけてくれた。
 ちなみに余談だが、僕のプライベートで……というか素での一人称は〝俺〟なのである。

「いや、胃薬はいらないから、お前がパーティーに出席してくれよ」

「悪いなぁ。オレも今晩、予定あるんだ。彼女とデートでさ」

「…………もういいよ。お前には頼まん」

 僕は彼にプイっと顔を背けた。なんて薄情者なんだ! 僕を気遣ってくれたと思えば、いざとなったら本当に困っている同期(ぼく)より彼女の方を選ぶなんて!

「桐島くん、災難だねー。あたし知ってるよー。課長、『用がある』なんて言ってたけど、ホントはクラブのお姉ちゃんと遊ぶだけなの」

「はぁっ!? 何すかそれ!」

 女性の先輩が、課長の身勝手さをあっさり(ばく)()してくれた。僕は課長に対して、全身の血が沸騰(ふっとう)しそうなほどの怒りを覚えた。

 ――僕はこの時、久保が言った「あの課長に振り回されているのはお前だけじゃない」という言葉を大して気にも留めていなかった。ただ僕を慰めるための方便でしかないのだと。
 ところが、それは紛れもない事実だった。僕がそのことを知ることになるのは、その半年ほど先だった。

 ……もう、本当にこんな会社辞めてやる! その決意が一層固まる中、僕はこの夜、パーティーに(のぞ)むのだった。
 その夜に、僕の運命が大きく動き出すことになるとは思いもせずに――。