ぬめりとした空気をよりいっそう重くさせるように雨が降っていた。


まとわりつく鬱陶しい空気と髪を、舌打ちと共に引き剥がす。



汚いものは嫌いだった。泥が跳ねた靴も、雨の染みこんだ黒装束も、


────目の前で苦しげに喘ぐ、血濡れた狸も。




「まだだ…ッ、……まだ!儂は生き足りんッ……!!」

「あんたが生き足りたかはどうでもいい…、芹沢さん。あんたは少し俺たちの邪魔をしすぎた」



ここは八木邸の離れ。俺を含めた数人の隊士が、就寝中だった芹沢一派を襲った。


寝ていた芹沢はあわてて猛攻を避けるように、隣の部屋に逃げ込んだが、もつれる足が文机に引っかかったらしく、盛大に転んだ。


すでに背中に傷を負わされていた芹沢は、息を荒くし、それでも這ってでも逃げようとしていた。




「だが芹沢さん。俺はあんたに感謝してねぇこともないんだ」


獣のような呼吸をしながら、芹沢は俺を睨みつけてくる。

その頭ではおそらくその真意を図りかねているのだろう。死に直面した状態で脳が正常に働くとは思えない。


だから最初から、答えなど期待していなかった。ただの独り言だと思ってもらって構わない、そんな気持ちで目の前の男を見下ろす。



俺は、この男があの娘を──流を、町に連れ出していたことを知っていた。あんな白昼堂々と連れ出して、気付かないという方が可笑しい。


だが俺はそれを黙認していた。流のことが政府の人間共にバレるよりも、最優先させるべきことがあったからだ。


どうやら流は俺の思ったとおりに動いてくれたらしい。

数えてみても、ひとつたりとも減ってはいなかった。



────あんたが連れ出してくれたおかげだよ。




「うちの貴重な隊士を、花なんぞにするわけにはいかねぇだろう?」