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「『こんにちは』かな。もう『こんばんは』か。『はじめまして』?」

暮れゆく空を眺めながら、体重が減りそうなほどため息ばかりつく。

布団屋の店先にもクリスマスリースが飾られる季節。
通りを抜ける乾いた北風は十分に冷たいけれど、雪を運んでくる気配はない。

商店街を抜けると、空がひらけて見えた。
おだやかな夕焼けにブルーブラックの夜空が滲んでいる。
黒い影となった踏切が空を指して立っていた。

夕闇の踏切は懐かしく、美澄はそれを写真におさめる。

美澄
『先生、お元気ですか? 古関美澄です。今、近くの踏切を通りました。だいぶ寒くなりましたので、踏切を見に行く際はあたたかくして、お風邪など召されませんよう、どうぞお気をつけて。』
16:05

半ばやけくそでそう打って、写真とともに送信した。
照れくささに耐えきれず、スマートフォンをバッグの底に放り込む。

言葉にできない衝動から日藤家まで走って帰ると、家の外まで甘辛い匂いがしていた。

「ただいま戻りました」

キッチンに立つ真美が、美澄の声に笑顔で振り返る。

「おかえりなさい。ひとり?」

「はい。師匠もお誘いしたんですけど、今日は帰る、と」

「いいの、いいの。馨の分は用意してないから」

真美の前にあるフライパンには、魚の切り身が四つ乗っていた。

「ブリですか?」

外まで香っていたのは照り焼きだれだったようだ。

「うん。安かったから」

ダイニングチェアにバッグを置いて、シンクで手を洗う。

「生姜おろしますね」

「たっぷりお願い。生姜くらい贅沢しよう」

「了解です」

「今年は何でもかんでも高いよねぇ。白菜も高い。水菜も高い。庶民は鍋物も食べられなくなりそう」

「気候のせいかもしれませんね。色も悪いし」

ふたりで愚痴をこぼしていると、バッグの中で着信音がした。

「電話? 誰?」

「すみません。私です」

美澄は一旦手を洗ってバッグの中からスマートフォンを取り出す。
画面には「久賀夏紀」とメッセージの着信を知らせる表示があった。

久賀夏紀
『それは一般的な1種踏切のB型警報機ですね。遮断機も最も一般的なB型の腕木式。写真が暗くてはっきり見えませんが警報灯は全方向型でしょうか?』
16:26