「森川さんの不毛な恋については、なんとなく耳に入ってますけど、」

「そうなの!?」

「うちの弟子の反面教師にしたいので、詳し~く聞かせてもらえますか?」

馨がニヤニヤと身を乗り出すと、同じ分だけ森川は椅子ごと下がって逃げた。

「もうその話はやめて……」

「じゃあ今後とも、将棋の方のご指導お願いします」

研究会は、どんなに年齢差があり棋力や段位に差があっても、お互いのメリットがなければ成立しない。
盤を挟んでも勉強にならないと思われたら相手にしてもらえないため、教室のように指導してもらえる場ではないし、安易に頼めない。

そんな研究会の約束をまんまと取りつけた馨はにっこりと笑って、半分になったネコをひと口で平らげた。

「でもちょうどよかった。ひとり欠員出た研究会あるんだけど、古関さん参加しない?」

「よろしくお願いします!」

「じゃあ、連絡先交換しようか」

森川と美澄がスマートフォンを並べて連絡先を教え合ってるところに、馨も頭を突っ込んだ。

「古関さんさぁ、」

「はい」

「夏紀くんのメッセージID知ってる?」

「いいえ」

当然のようにかぶりを振る美澄に、馨は、だと思った、と嘆息する。

「棋譜は?」

「今までと一緒で、倶楽部のパソコンに送ってます」

「それで?」

「特に連絡ないです、けど……?」

馨は真顔になって、「あのね、」と言ったきり、言葉を飲み込んだ。
どっちが悪いのかなぁ……と、口の中でつぶやきながらスマートフォンを操作する。
まもなくチャイムのような音がして、美澄の端末に馨からメッセージが届いた。

「それ、夏紀くんのIDだから、メッセージ送っておいて。師匠命令」

「……命令、ですか」

「で、この前の研修会の二局目、銀の使い方についての見解聞いておいてね。三間飛車に関しては、俺より夏紀くんの方が詳しいから。……何?」

訴えるような美澄の視線を受けて、馨は首を傾ける。

「いきなりメッセージって、ハードル高いです。何て送ったらいいんでしょうか?」

馨は呆れ顔で手洗いに立った。

「そんなの自分で考えなよ」

やり取りを聞いていた秋吉が口を挟む。

「『夏紀くん』って久賀夏紀くん?」

「はい」

「久賀くん、メッセージのやり取りとか、得意そうに見えないよね」

「そうなんです」

ただでさえ物言いに問題のある久賀とのやり取りにおいて、声色がわからないと不安だ。

「でも、意外と律儀だから、無視はしないんじゃないかな」

「無視はしないと思うんですけど、こっちが長文送って『了解』だけだったら心折れます」

「……そうだね」

ずしりと重くなったスマートフォンを、美澄はバッグの奥に突っ込む。

「やだなぁ……」

結局グズグズとためらっていたら、記憶のないうちにネコは胃の中に移動していた。