「じゃあ私、手伝ってきますね」

青いシャツワンピースがわずかに翻る。
その背中が引戸の向こうに消えるまで、久賀は横目で見送っていた。
そんな久賀を見て馨は笑う。

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ」

「別に心配なんてしてない」

ふふふ、と流して、馨は麦茶を飲んだ。

「うちの師匠がさ、俺が弟子取ってからすごく心配してくれてるんだ。気持ちをすり減らすんじゃないかって。そんなことより自分の身体の心配して酒量減らして欲しいよ」

奥沼一門は棋界では最多人数を誇っており、棋士になった者は八名、女流棋士は三名、現役の奨励会員、研修会員合わせると、その倍以上になる。
基本的に放任の奥沼だが、弟子を持つ苦労を背負った馨のことは気になるらしい。

馨はわずかに身を乗りだし、テーブルの上で指を組んだ。

「古関さんの師匠は俺だから、ちゃんと俺が心配するよ」

「だから心配してないって」

「わざわざ東京まで来ておいて?」

麦茶を飲んで返事をしない久賀を、馨はそれ以上追及せず、辰夫が出してくれたビールを久賀にも渡す。
しかし久賀はビールを断り、テーブルの上に置かれたコーラのペットボトルを手に取った。
馨はプルタブを開ける音と一緒に小さくつぶやく。

「夏紀くんはさ、古関さんを育てることで自分の人生の意味を見出だそうとしてる?」

ペットボトルに口をつけようとしていた久賀はその手を止めた。

「将棋もあのひとも、僕の人生の意味を証明するための道具じゃない」

馨は満足気にビールを飲み、久賀もそれに続く。
コーラは喉をピリピリと通っていった。