長テーブルに並んで、美澄と久賀は手作りのパンフレットを二つ折りにし、その間に将棋教室や盤駒専門店などの広告を挟んだ。
一日のスケジュールと会場案内が印刷されたパンフレットはシンプルではあるが、それなりの手間が予想できる。
普及活動とはボランティアの要素が強い。

「そういえば、先生なんでここにいるんですか?」

スーツ姿の久賀にもようやく慣れて、今さらながら美澄はその疑問にたどり着いた。

「この大会は奥沼一門の主催でしょう」

「はい」

馨の兄弟子がタイトルを防衛した記念として、師匠である奥沼七段が一門の名前を冠して将棋大会開催を呼び掛けた。
馨はもちろん召集されて、イベントの運営や指導対局をすることになっているが、その弟子である美澄も一門扱いで手伝いに呼ばれたのだった。

「狭山先生は奥沼先生の弟弟子なので、このイベントに一枚噛んでるんです。その縁で、今日は圭吾くんも参加することになりました」

「圭吾くん、来るんですか! わあ、会いたい!」

「古関さんもいるかもしれない、と言ったら、圭吾くんも楽しみにしてました」

圭吾には満足にお別れも言えなかった。
あれから半年以上が過ぎ、東北では雪も降り始める季節だが、元気にしているだろうか。

「それで、先生は? 引率ですか?」

「……まあ、そんなところです」

大変ですね、と美澄は労ったが、久賀は曖昧な表情を返しただけだった。

「先生、お元気でしたか?」

毎日将棋を指すので、毎日久賀のことを思い出す。
美澄が心配するようなことは何もないけれど、どうしているかと気にはなる。

「先月少し咳か出たくらいで、特に悪いところはありません。インフルエンザの予防接種も済ませました」

「そういう意味ではなかったんですけど、お変わりないみたいでよかったです」

しぼらく作業を続けていると入口のドアが開いて、記憶にあるより大きな男の子が顔を覗かせた。

「失礼しまーす」

「圭吾くん!」

「古関さん、久しぶり。狭山先生にお願いして、早めに入れてもらっちゃった」

立ち上がって圭吾を迎えた美澄は、以前と目線が違うことに歓声を上げる。

「背伸びたねぇ。中一だっけ? やだやだ大人!」

大騒ぎする美澄を放っておいて、圭吾は久賀に向かって頭を下げた。

「久賀先生、こんにちは」

「こんにちは。お父さまは?」

「客席の方にいます」

久賀が隅の方に立っている男性に挨拶をしに行ったので、代わりに圭吾が作業に入る。

「古関さん、俺、奨励会落ちた」

美澄は作業の手を止めたが、事実を伝えるだけの声に悲壮感はない。

「受けたの?」

「うん。全然ダメだった。小学生に負けた」

奨励会試験は毎年八月に三日間かけて行われる。
師匠を立てて推薦を受けた者が受験して、一次試験はその受験者同士で六局戦う。
四勝で合格、三敗で失格。
しかし、圭吾は一勝もできなかった。