想像したのか、久賀はさも嫌そうに顔を歪めた。
それを嘲笑うように声が割って入る。

「すみませんねぇ、久賀センセ。うちの弟子がご迷惑かけたみたいで」

にこにこ笑う馨を久賀はジロリと睨んだ。

「お弟子さんに『一般的な』服装の指導もしてくださいよ、日藤先生」

馨は一度美澄を上から下まで眺めた。

「襟ついてるし、デニムじゃないし、オフィスで働いてもおかしくないじゃない。問題ないと思うけど」

合格点をもらえてホッと胸を撫で下ろす美澄に、馨は付け足して言う。

「でも面白みはないよね。無事女流棋士になったらスーツ買ってあげる。いいやつ」

久賀は馨の『いいやつ』に不安を覚えたようだが、美澄はやる気に満ちた笑顔を見せた。

「ありがとうございます! 頑張ります!」

ところで師匠、と美澄は馨の胸元に目を凝らす。

「もしかして中のシャツ、レディースですか?」

馨がネクタイをめくると、そこは併せが逆になっていた。

「うん、そう。レディースの方がデザイン華やかだからね」

唖然として言葉を失う久賀の隣で、美澄は瞳を輝かせた。

「かわいいです!」

「だろ?」

機嫌よくネクタイを直した馨は、時計を見て言った。

「夏紀くんいてくれてよかった。子ども大会の進行みてよ。弟弟子がひとり風邪で休んじゃって手が足りないんだ」

「僕が?」

「そこそこの棋力があって、イベントの要領わかってて、子どもにも指導にも慣れてて、みんなと顔馴染み。休んだ弟弟子よりよっぽど役立つよ」

筋力や身長の違いだけでなく、こんな時でも美澄ではまだ力になれない。
しかし、美澄にないあらゆるものを持っている久賀の方は不満そうに言った。

「ボランティア?」

その発言に馨の眼光が鋭くなり、久賀のシャツを掴み寄せる。

「俺にそんなこと言える? 夏紀くんが俺に逆らえる?」

久賀は顔を背けた。
馨には七万年先までこき使われても文句は言えない恩がある。

「じゃあ、よろしくね。終わったら家に寄ってよ。ご飯ご馳走する」

真美にメッセージを送った馨は、スマートフォンをポケットにしまって入口横のテーブルを指差した。

「古関さん、夏紀くんとふたりでパンフレットに広告挟んで。要領は夏紀くんがわかってるから」