目覚めた時、カーテンの向こうはすでに明るかった。
かけっ放しだった眼鏡の位置を直し、床に落ちていたスマートフォンを見ると六時半を過ぎている。
画面には乾いた涙の跡が残っていた。

電気もパソコンもつけたままで寝てしまったことに罪悪感を覚えながら一階に降りると、キッチンから小さな悲鳴が聞こえた。

「師匠? おはようございます」

「おはよう」

フライ返しを手にふり返った馨は、しげしげと美澄の顔を見る。
手で触ってみると、泣いたせいでむくんでいるのがわかった。
恥ずかしさで顔を覆う美澄に、馨はにっこりと笑う。

「さすが俺。最善手」

顔を覆ったまま美澄は、え? と首をかしげた。

「ずっと血の気がなかったんだよ」

食べるよね、と馨はトースターに美澄の分のパンを追加する。

「ご心配をおかけしました」

「別にいいよ。心配するくらいしか師匠の仕事なんてないんだから」

馨は得意げにフライ返しをくりんくりんと回したあと、

「それよりさ、これ見てよ」

と顔を曇らせる。
ダイニングテーブルを回り込むと、床には破裂したような卵が飛び散っていた。
ふわとろオムレツを作ろうとしたらしい。

「母さんと姉ちゃんには内緒にして」

困り果てながら、馨は遺体を検分する刑事のように卵片をつつく。

「わかりました」

美澄は笑って、雑巾持ってきますね、とキッチンを出た。