「元々好きで観ていたわけじゃなかったので」

「すごく苦痛そうな顔してたもんね。『忍耐』って感じ」

綾音はカッチリとした真顔で動きを止めた。
美澄の真似をしているらしい。

「えー、そんなでした?」

「うん。こんなだった」

綾音はふたたびカッチリとした真顔を作る。

「綾音さんにもご迷惑をおかけしました」

「いや、結構楽しかったよ。人気あるのわかった」

「そうですか?」

「大翔くんみたいな弟欲しかったよね」

「師匠の方がいいですよ」

両手がふさがっているせいで、綾音は首をぶんぶん振った。

「ないないないないないないないない! 小学生の頃から変な格好ばっかりしてて、一緒に歩くの恥ずかしかったもん」

「そんなことないです。師匠は服もお人柄も将棋も素敵です」

「キャップをふたつ重ねてかぶるんだよ? 左右違う靴履くんだよ?」

「華やかでいいと思います」

「弟子っていいなぁ。全肯定してくれるんだもんね」

哀れみの視線を向けて、また分厚い皮をシンクに落とす。

「じゃあDVDは観ないで返したの?」

「はい。もうお断りしました」

「友達は大丈夫?」

「大丈夫じゃなくても、友達を作りにきたわけじゃないから仕方ないです」

梨乃は明らかに落胆していたけれど、挨拶や会話は普通に交わす。
年齢も環境も違って、共通の話題は将棋しかなかったので、大事な話題を減らしてしまったことは申し訳ないと思っている。

「友達作りって永遠の課題だし、大事なことだと思うけど。でもそうだね」

開いたアジの血を洗い、細かい骨もできるだけ取る。アパートのキッチンよりはかなり大きいけれど、それでも作業スペースは限られるので、綾音に場所を渡した。

「安心した」

そうつぶやいた綾音に、美澄は軽く頭を下げる。

「不甲斐ない結果ばかりで、ご心配をおかけしました」

「そうじゃなくて、ちゃんと女流棋士になる気あったんだなぁ、って」

ゴリゴリと綾音は鶏肉を切る。

「何しにここに来たのかな、って思ってたから。いてくれて助かってるけど」

綾音は笑ったが、美澄は笑えず顔を歪めて首を振った。

「すみません。甘えてました」

手を洗って、綾音は冷蔵庫からビールを取り出す。
飲む? と聞かれても、美澄はやはり首を横に振った。