美澄が戻ると、キッチンには綾音がいた。
綾音も帰ったばかりらしく、エコバッグから食材を取り出している。

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい」

「手伝います」

ダイニングチェアにバッグを放り出して、美澄はシンクで手を洗う。

「いいよ。研修会終わったばっかりでしょ」

「大丈夫です。勝ったので」

えへへ、と笑うと、綾音も笑う。

「何勝?」

「三勝一敗です。昇級しました」

「調子上がってきたね」

ダイニングテーブルに広げられた食材を、美澄はざっと眺める。

「今夜は何を作るんですか?」

「何作れると思う?」

綾音の顔を見ると、悪びれずに見つめ返される。

「安いやつ適当に買ってきただけだから」

まかせる、と綾音は美澄の決断を待つ姿勢を見せた。

「えーと、じゃあ、なま物から使いましょうか。アジ……フライだと暑いかな」

「エアコンついてるから大丈夫。はい、アジフライは決まり」

「鶏もも肉……焼くか煮ちゃうか」

「シチューにする?」

「アジフライがあるのでシチューはちょっと……。ポトフ、は合うのかなぁ?」

「合うとか合わないとかどうでもいいよ。はい、鶏肉はポトフ!」

「あと、何か野菜……」

「ある野菜適当に炒める。決まり!」

美澄が洗おうとしたじゃがいもを、綾音が手からもぎ取った。
オフィス用のブラウスにパンツのまま調理するらしい。

「私、魚捌けないから、そこは古関さん頼みで買ったの」

「やります、やります」

アジを軽く水洗いしてから頭を落とす。

「海の近くで生まれると、みんな魚捌けるの?」

「どうでしょう。うちは父が趣味で釣りもやってたので」

アジの頭はやわらかく、ぐにゃりとつぶれながら切れた。
内臓もとろとろに溶けていて、まな板は猟奇殺人の現場のように血塗られた。
これほど流通が発達しても、地元に比べて魚の鮮度はかなり落ちる。
そもそもスーパーの鮮魚コーナーが極端に狭い。

「最近、アイドルのDVD観ないね」

綾音の剥くじゃがいもの皮はだいぶ厚く、ゴツッと音を立ててシンクに落ちた。