カレーができた頃、タイミングよく馨が顔を出した。

「師匠、いらっしゃいませ」

「カレー?」

「はい」

「外までいい匂いしてる」

馨はセロリのようなさわやかさを持つ青年で、美澄とはまた違う個性的なファッションを好む。
今日は襟つきの白いシャツとノーカラーの白いシャツを二枚重ねで着ていた。

「今日はカレーやめればよかったですね。せっかくかわいいのに、染みがついたらもったいないです」

馨は、ありがとう、と笑って袖をまくった。

「大丈夫。気をつけるよ」

真美と辰夫は教室で指導中、綾音は彼氏と遊びに行っているので、美澄は馨とふたりテーブルに向かい合ってカレーを食べた。

「やっぱり、カレーってそれぞれの家庭で味違うよね」

白シャツを気にした様子もなく、馨はすいすいスプーンを運ぶ。

「そうですか? お家にあるルー使ったんですけど」

「野菜の切り方かな。うちの母は何でも賽の目に切るんだ。その方が煮えやすいからって」

「合理的でいいと思います」

「あ、そうだ」

はい、と馨はバッグから紙を取り出して、美澄の前に置いた。

「ありがとうございます」

赤字で添削された棋譜を見ると、カレーでも牛丼でも、味なんてどうでもよくなった。

「すみませんでした。不甲斐ない結果で」

「そこは謝る必要ないよ。結果は古関さん個人の問題でしょ」

結果は個人に属する。
冷たいようなドライなようなこのスタンスは、棋士全体に通じるものだ。

「ただ、結果が出なかった原因が、今の生活にあるなら話は別だけど」

スプーンを置いて馨は美澄と向き合う。

「大丈夫です。単に私の勉強不足ですから」

「そう」