「明日、研修会なんでしょ?」

「はい」

「大変だね」

「いえ。通えるだけありがたいので」

家事を手伝っているとはいえ、家賃はもちろん、食費も光熱費も免除されている。
また教室を手伝った分はアルバイト代も入る。
研修会の会費も、女流棋士になったら返す約束で馨が立て替えてくれていた。
これ以上望んだらバチが当たる。

「ごめんね」

綾音は画面を見たままそう言った。
流れているのはバラードで、プラチナブロンドの髪の男性がソロで歌っている。

「私、イライラしてるでしょ」

そうだ、と答えることなどできず、美澄は、いえ、とつぶやいた。

「慣れるまで、もう少し我慢してね」

日藤家の一家に悪意がないことはよくわかっている。
けれど、他人を傷つけるのは必ずしも悪意ではない。

美澄とて、迷惑にならないよう精一杯努めてはいるが、「存在するだけで負担だ」という事実はどうしようもない。
真美や辰夫の就寝が早いのも、その疲労のせいであることは明白だった。

「綾音さんのせいではありませんから。本当にすみません」

「だから謝る必要はないよ」

「でも、綾音さんにはメリットないので」

真美や辰夫には重宝されている部分もあるが、この家で唯一将棋を指さない綾音にとっては、邪魔なだけの存在だろう。

「そういうのも大変でしょ? 周りみんなに『ありがたい』『申し訳ない』って思って生活するの」

「でも、本当にそうなので」

「古関さん、パンクするよ、そのうち」

綾音はきっぱりと言い切る。

「何かあったら遠慮なく言って……と言ったところで、言いにくいとは思うんだけどさ。まあ、文句は夏紀に言ってよ」

久賀は父親の転勤で東京に引っ越して、小学校五年生と六年生の二年間、綾音と同じクラスだったらしい。
その時期奥沼の将棋教室にも通っていて、そこで馨と親しくなったそうだ。
だからこの家で久賀は、美澄の知る「先生」とは別人に思えるほど親しげに呼ばれている。

「いえ。ありがとうございます」

目まぐるしく変化するライトの中で、七人が息の合ったダンスを披露している。
これは、あとどのくらい続くのだろうかと、美澄はしずかにため息をついた。