「何観てるの?」

声を掛けられて、美澄はハッと目を開けた。
観ているつもりがいつしかうとうとまどろんでいたらしい。

「あ、綾音(あやね)さん」

綾音は美澄の後ろを通って、リビングからダイニングキッチンへ抜けた。

日藤馨の弟子になり、その実家に内弟子に入ってひと月。
家事と将棋教室の手伝い、それに自身の勉強と研修会。
毎日は目視できないほど速く過ぎていく。

綾音は師匠である馨の二つ上の姉で、金属加工メーカーに勤務している。
美澄は今この綾音と、その父親の辰夫(たつお)、母親の真美(まみ)と四人で暮らしていた。

時刻は零時を回っている。
冷蔵庫のドアが開け閉めされる音がしたかと思うと、グラスに口をつけながら綾音が戻ってきた。
中身は麦茶らしい。
床にペタンと座る美澄の隣で、彼女はソファーに腰かけてテレビ画面を見た。

「あ、なんとか7?」

「7green、だそうです」

DVDのパッケージを確認して美澄は答えた。
キラキラと光沢のあるパッケージから、七人の男の子がこちらを見つめている。
テレビの中ではその七人が、歌いながら激しいダンスを踊っていた。

「古関さん、こういうの好きなんだ」

「いえ、研修会の友達が貸してくれたんです。明日返すので観ないといけなくて」

ふうん、と綾音は麦茶を飲んだ。
お風呂上がりで濡れた栗色の髪を、肩にかけたタオルが受け止めている。

日藤家は一階にリビングとダイニングキッチン、両親の部屋、客間があり、二階に綾音の部屋と馨の部屋、ベランダがある。
美澄が借りているのは元々馨の部屋だった八畳間で、テレビはあるがDVDプレーヤーはない。

「綾音さん、観たいのあったらどうぞ。私はパソコンで観ますので」

「ううん。このままでいい」

綾音は存外真剣にテレビを観ていた。
画面を彩るチラチラした明かりが、その瞳の中でも踊る。

「この子、かっこいい」

「どの人ですか?」

「紫の髪の子。エロくていい」

「そうですか」

画面は目まぐるしく変わり、その「紫の髪の子」を認識できないまま歌が終わった。