平日昼間の駅ビルは閑散としている。
年々人口が減り、郊外に大きなショッピングモールができて、人の流れが変わったせいだろう。

迷わず地下の食品街に降りようとする美澄を、久賀が呼び止めた。

「あっちの店、見てみませんか?」

「地元のコーヒー店ですか?」

「最近あちこちで見かけるので、気になってたんです」

店内には数多くのコーヒー豆が並んでいる。
奥はカフェスペースになっていて、地元木材で作られたテーブルと椅子によってコーヒーとはまた違う清々しい香りに満ちていた。

「本当にいろいろあるんですね」

コーヒー豆の袋をくるくるひっくり返しながら久賀は言う。

「動物園とか水族館とコラボレーションしてるみたいですよ」

虎が描かれたドリップパックを差し出すと、へえ、と久賀は興味深そうに受け取った。

この店のオリジナルブレンドには、それぞれ独特のネーミングがされており、特徴は袋に裏書きされている。
久賀は、ひとつひとつ裏返して産地や特徴を読んでいた。

「たくさんありすぎてわからないですね。先生、どんなのがお好きですか?」

「『どんなの』と言われても、特にこだわりがないので。古関さんのお好きなものでいいですよ」

「そうですか。じゃあ、これにします」

『彩路』と書かれた袋を美澄は手に取る。

「決めるの早いですね。どんな味なんですか?」

「えーっと……」

今になって説明を読む美澄に、久賀は呆れて言った。

「読まずに決めたんですか」

「だって、『彩路』っていいじゃないですか。未来が明るい感じがして。軽い口当たりって書いてます」

「あなたがいいなら、それでいいです」

お会計をする段階になって、久賀は、一杯いただいて行きましょう、と言い出した。
店員にケーキセットを勧められると、

「じゃあ、ひとつはそれで」

と勝手に決めてしまう。