「詰将棋って意味あるんですか?」
「この本読んで意味あるんですか」
「将棋をやって意味あるんですか」
そんな質問には「努力は無駄にはなりません」とテンプレートの言葉を返すしかないだろうに、きっと久賀はそれをしない。

美澄はしゅんと肩を落とす。

「仕方ないですよね。将棋は勝ち負けが存在するゲームですもんね」

からら、とまた枯れ葉がアスファルトを擦っていく。
今度はハンバーガーショップの紙袋も一緒だった。
大きく一歩追いかけて、久賀は紙袋を長い指先で拾い上げる。

「努力が無駄になるのは当たり前ですから」

実感のこもったその言葉は、倶楽部では決して言わないものだ。
毎日十時間勉強しても負けることはある。
久賀は幼少期からそんな経験を何度もしてきた。
そして今も尚。

「努力する意味、生きる意味。……先生、『意味』って何でしょうね」

傘を持ち変えたら、指からレジ袋が滑り落ちた。
美澄よりひと呼吸早く久賀が拾う。

「すみません」

「『意味』なんて、ないんじゃないかって思います」

いつものおだやかな無表情で久賀は言った。

「意味はあるって思いたいだけなんでしょう。弱ってる時は、自分に価値がある、意味はあるって思いたいものですから。でも、意味なんてない」

返されたレジ袋がずしりと指に食い込む。

「あなたも言ったでしょ。『キュウリを食べる意味なんてない。キュウリを好きだって人がいるからキュウリは生産されているんだ』って」

美澄は久賀のしずかな目を見つめ返した。
暗闇ではっきりしないその目は、しかし揺るぎない。

「好きなことに、大事なことに、意味なんてないんです」

物事を楽観視しない久賀の発言は、時折絶望的に聞こえる。
けれど、美澄はその声の中に体温を感じ取れるようになっていた。

歩みの遅くなった美澄に合わせて、久賀もゆったりと歩く。

「意味のないことに、意味のない人生をかけて、意味のない努力をする。それでいいんじゃないかと、僕は思うようになりました」

誰かのためでなく、何かの意味を求めるわけでもなく、ただ純粋に。
スピードに乗った車が通りを駆け抜ける。
吹き溜まった枯れ葉が、ざあっと舞い上がった。