今にも降りそうな顔をして、今日の曇り空はとうとうひと滴の雨粒もこぼさなかった。
右肩にバッグ、左手には無駄に持ち歩いた傘とコンビニのレジ袋を持って、美澄は宵時の通りを久賀と並んで歩く。

「圭吾くん、よかったですね」

先日圭吾は、奨励会入会を目指して狭山(さやま)七段の門下に入ることが決まった。

からら、と枯れ葉が舞い、その風が美澄のロングカーディガンの裾も巻き上げる。

美澄はアルバイトから倶楽部に向かうところで、踏切から戻る久賀と鉢合わせた。

「狭山先生はご自身が苦労なさったから、弟子入り先が見つからない子はなるべく助けたい、と思ってくださってるようです」

電車を一本見るだけだからか、久賀はアウターを何も着ておらず、いつもより猫背を丸くしている。

「これで奨励会を受験できるんでしょうか」

見えなくても久賀が眉を寄せたのがわかった。

「わかりません」

奨励会に合格するにはアマチュア五~四段程度の棋力が必要。
二段には上がれたものの、現状の圭吾では難しい、と久賀は考えているようだった。

「だけど、受け入れてくれる師匠探してくれたんですね」

「その程度のことは別に何でもありません。門下に入って指導を受けても、推薦してもらえると決まったわけでもない。楽観的にはなれません」

「頑張れ」という言葉さえためらう久賀は、安易な慰めは口にしない。
だけど以前のように『無理ですよ』とはねつけることはしなくなった。

「うまく行かないものですね」

美澄が口を尖らせると、笑むようなため息を久賀は漏らした。

「うまく行くことの方が少ないでしょう。『毎日詰将棋を解いて、本も読んで、それでも全然勝てない。落ち込んでる姿を見るとつらい』と、相談に見える親御さんもいます」