最近では、スーパーでそば茶と烏龍茶を迷った時にまで、久賀のお説教が脳内再生されるようになってきた。

『「わかんない」じゃなくて、わかるまで考えてください』

同じ値段ならば、普段安売りしないそば茶を買うべきかな。
血液もサラサラになるって聞いたし。

『何でもすぐ鵜呑みにしない。自分の頭で納得できるまで安易に採用すべきではありません』

血液サラサラ情報は判断に含めず、やはり普段の食事に合う味で選ぶべきか。

『堂々巡りになったら意味ありません。決断よく』

脳内の久賀は、実際以上に口うるさい。

「でもさ、たまには息抜きも必要だよ。根詰め過ぎたら良くないって」

「うーん」

青いシャツの背中には、中指の爪の先すら届いていない。
まだ限界を越えられず、全力も出し切れていない自分に「息抜き」なんてしている余裕があるのだろうか。

突然、真依が肩を跳ね上げた。
棚と美澄の間に入り込んで、ポケットからスマートフォンを取り出す。
アルバイト中にスマートフォンを持ち歩くのは当然規則違反で、社員に見つかったらお小言どころでは済まない。

「ごめん、美澄。私やっぱり行くのやめる」

素早くメッセージを確認した真依は、少し怯えるようにそう言った。
真依は何も言わないけれど、例の彼のところにまだ通っていることは、なんとなくわかっている。

「うん。私も行かないから」

「そんなに先生が怖いんだ」

揶揄するような言い方は、真依自身が彼を怖がっているからだろうと美澄は思っているが、そのことには触れない。

久賀は怖くない。
「今日は休みます」と言ったら「そうですか」と答えるだけ。
美澄のことを「そういう人なのだ」と「理解する」だけ。

「怖いよ」

氷点下の痛みを伴う恐怖は他にある。
手を離されることが何より怖い。